STORIES

NIKKORレンズの
“味”を解析

光学メーカーとして技術の粋をつくし
カメラ用交換レンズの開発に取り組むニコンでは、
光学性能評価方法の研究開発にも注力。
レンズの特性を測定できる収差計測装置「OPTIA」と
データをもとに撮影画像を疑似的に生成する「画像シミュレータ」により、
レンズの”味”までコントロールするレンズ開発を実現しています。

自然な立体感はボケが左右

二度と出会えないかけがえのない瞬間を、撮影する人の想いや狙いに応じて切り取れるカメラ。それだけにレンズには解像力はもちろんのこと、ボケや質感、奥行き感など、いわゆるレンズの“味”と呼ばれるさまざまな特性が求められます。
中でも近年、ニコンでは立体感の自然な表現を追求。ピントが合っている位置から完全にボケたところまでのボケの連続性を重視し、写真という2次元の世界の中で3次元空間を感じさせることのできるレンズを開発しています。

こうしたボケは、レンズの収差と関係しています。収差とは、光学系における理想的な結像と実際の結像とのズレのこと。球面収差やコマ収差、非点収差、像面湾曲、歪曲収差、色収差などがあります。理論上の理想レンズは無収差ですが、実際にはさまざまな理由で収差が残ります。そして、各収差の残し方やバランスの取り方が、レンズの光学設計上の”味付け”であり、レンズの”味”となります。ちなみに、このレンズの“味”から生まれるボケ感は、いったん2次元化してしまった画像を後から画像処理しても得ることはできません。アナログ情報をデジタル化してしまうと、二度と元のアナログ情報は再現できないのと同様です。“味”のあるレンズだけが可能にする表現になります。

しかし、これまでレンズの”味”は解析できなかったため、設計者から設計者へニュアンスが口伝されるだけでした。このため、既存のレンズの“味”を再現しようとしても困難でした。

そこでニコンでは、レンズの収差をはじめさまざまな特性を測定でき、設計者の狙い通りのレンズを短期間で開発できるレンズ評価方法を開発、2013年から運用しています。

画像

波面収差の測定でニュアンスを解析

その一つが、収差計測装置OPTIAです。もともとは半導体露光装置のレンズ評価に用いていた「波面収差」の計測手法を、カメラ用レンズに転用した計測装置です。

波面収差の情報には、ボケを左右する情報も含まれています。つまり、波面収差を測定し、解析することによって、レンズ性能を把握することができます。

レンズ性能をさまざまな視点から計測できるため、より徹底した品質管理が可能になりました。さらに、名レンズと呼ばれた過去のレンズの特性も把握できるため、それらの“味付け”を研究し、現在のレンズ開発に活かすことも可能になりました。

画像
  • 波面収差とは、理論上の理想レンズを通過した後の球面波(像点に向かって球面状に収斂する光の波)と、測定対象のレンズを通過した後の波面とのずれのこと。理想レンズでは点から出た光はレンズを通って点に収束するため、レンズを通った後の波面は球面波となります。実際のレンズでは必ずしも点には収斂せず、わずかに球面からずれた波面となります。この球面波からのずれを波面収差と呼びます。

もう一つの評価方法が、画像シミュレータです。
これは設計データやOPTIAで測定・解析したレンズのデータを入力すると、そのレンズで撮影した画像を擬似的に生成できるソフトウエアです。

OPTIAによってレンズの“味”は解析することができます。それに加えて、写真の善し悪しを判断するのは人の感性なので、その“味”によってどんな写真になるか、目で見て評価する必要があります。そこで従来はレンズを実際に試作し、撮影して評価することを繰り返していました。しかし現在は、画像シミュレータで擬似的に生成された画像を見れば、ボケや質感などを確認できるようになりました。

設計者に設計の指針となるデータを与えるOPTIAと、設計の結果をシミュレートする画像シミュレータ。この両輪が、レンズ製造における品質管理レベルの向上はもちろん、レンズ開発プロセスも大きく革新。さらなる高みを目指すニコンのレンズ開発を支えています。

画像

OPTIAを導入して開発した
レンズの一例

OPTIAと画像シミュレータを導入して開発したレンズと、その特性を象徴する写真をご紹介します。

NIKKOR Z 50mm f/1.8 S

AF-S NIKKOR 35mm f/1.8G ED

AF-S NIKKOR 58mm f/1.4G

AF-S NIKKOR 105mm f/1.4E ED

開発に不可欠だった社内の知見

画像
写真左から、福冨康志、伊藤啓、内山幸昌

生産本部
福冨 康志

画像

メカ設計の担当で、OPTIA開発のリーダーとしてプロジェクトの立ち上げから参加しました。波面収差は一度で測れるものでなく、像の位置、撮影距離、光の波長など、それぞれ別々に計測します。計測する条件はレンズごとに異なり、膨大なバリエーションとなります。このため可動部分も多く、光源も切り替える必要があり、実用的な大きさに収めるのに苦労しました。特に、姿勢差(レンズの正位置と縦位置による誤差)を排除したいという要望が難題でした。メカ構成を考えると、非現実的な巨大なサイズになってしまうのです。そこで光学設計者たちの知恵を借り、姿勢差も同時に測り、後に補正する発想の転換を採用し、装置として成立させることができました。

光学本部
伊藤啓

画像

波面計測のセンサー部分のアルゴリズムや、光学的な誤差要因の解析などを担当しました。入社2年目から参加し、現在も運用に携わっています。最近では、高解像化が進む一方、味わいのある描写が好まれるなど、写真に対する嗜好は多様化しています。これからは、収差がもっと残ったほうが面白いという意見が出てくるかもしれません。そうしたニーズに対して、収差を追い込んでなくす方向性のレンズや味を残した方向性のレンズなど、複数のラインナップを提供できれば楽しんでいただけるのでは思います。まだまだコスト的にも非現実的ですが、自分好みの味付けのレンズをオーダーメイドすることも、決して夢ではないかもしれません。

光学本部
内山幸昌

画像

画像シミュレータの開発リーダーとしてプロジェクトの取りまとめを担当しました。画像シミュレータが生成する画像は非常に高精細ですので、実写とほぼ同等に評価できます。このため、従来以上に設計者の意図がレンズに反映されやすくなりました。OPTIAや画像シミュレータは、設計者が検討可能な領域を大きく広げたと思います。シミュレーションのために入力されるデータの種類があまりにも多く、適切な条件を決めるのに非常に苦労しました。幸いなことに、社内の連携が取れていることで、多様な知見をもった設計者とオープンに相談できる場が整っています。そうした環境を利用してさまざまな人に相談することで、解決するためのシステム開発が行えました。

  • 所属、仕事内容は取材当時のものです。

公開日:2019年9月30日