Z fc

2021.9.30ミラーレスカメラ

ニコンの歴史的なカメラにインスパイアされたデザインを採用した、ミラーレス一眼カメラ「Z fc」。撮る楽しみはもちろんのこと、手にする喜びをもっと感じてほしいという想いから生まれた、ユーザーのライフスタイルに限りなく寄り添ったカメラです。

プロダクトデザイナー
鈴木 舟
プロダクトデザイナー
阿部 憲嗣
プロダクトデザイナー
桑山 達彦
コミュニケーションデザイナー
下川 真理江

自分だけの毎日を
発信する人のために

美しい写真を撮りたい。毎日を簡単に記録したい。一枚一枚、想いを込めて撮りたい。ひとことに撮影と言っても、楽しみ方はさまざまです。
そうした中でいま、自分らしく自然体で生活を楽しみながら、それを発信する人が増えています。だからこそ、多くの人がそこに「自分だけの表現」を見つけようとしているのかもしれません。その人たちの生活や気持ちに寄り添うことのできるカメラとは、そしてデザインとは一体どのようなものなのだろう――。そんな想いから、ニコンのZ fcの開発は始まりました。

Z fcと、往年のフィルムカメラ

撮影を通して
自分と向き合う

そこで着目したのが、往年のフィルムカメラのデザインです。かつては、絞りやシャッタースピード、ピントなどをマニュアルで調整し、一枚一枚の撮影に今よりも少し時間をかけていました。その当時の造形こそが、カメラを手にする人の心に作用し、自分だけの表現を見つけるための手助けになるのではないかと考えたのです。クラシックでもレトロでもなく、「ヘリテージ(=財産)」。ニコンカメラの初号機である「I型」を世に送り出してから70年以上カメラに携わってきたブランドとして、ニコンだからこそ実現できる唯一無二のカメラを目指しました。

プロダクトデザイナーの阿部はデザインに臨む前に、ニコンがこれまでに世の中に送り出してきた歴代の名機について徹底的に学ぶことにしました。
「改めて紐解いてわかったのは、すべての造形や仕様には必然的な理由があり、一切の無駄がないこと。今の眼でも、それが非常に魅力的に感じられる理由がわかって興奮しました。カメラを手にする人に、このワクワクする気持ちを届けることは、新しい表現の可能性に気づいていただくことにもつながる。そう思いました」

共にプロダクトデザインを担当した鈴木も、そんなニコンの歴代の名機の思想を学びつつ、量産に向けて、今このデザインで世に出す意味を考えました。シンプルで合理的。そんな本質は踏襲しつつも、オリジナルを超える魅力を付加したいと考えたのです。
「歴代の名機をモデルにすると言っても、単に造形をなぞるだけではありません。大切なのは、今のカメラとしてふさわしいデザインにして甦らせること。やるからには中途半端なものはつくれませんし、ニコンブランドとしてのプライドを持って挑みました」

見た目はヘリテージ、しかし中身は最新のカメラと並ぶ高性能。それをかたちにしたデザインとはどのようなものか。表層ではなく、細部の雰囲気や空気感までを丁寧に再現することで、その実現を目指しました。

Z fcのモック

洗練とあたたかみを
兼ね備えたプロポーション

現代のカメラにふさわしい性能を持たせるために、ベースとしたのは高い光学性能を備えたミラーレスカメラZ シリーズです。課題となったのは、ミラーレスカメラが持つ骨格と、往年の空気感をいかに両立させるかということでした。
モデルにしたFM2などのフィルムカメラは、ペンタプリズムの部分やマウントの前部が大きく、ミラーレスカメラに比べると前方へやや傾斜した猫背なプロポーションをしています。一方、ミラーレスカメラはペンタプリズムが無いため、頭部が小型なつくりになっているのが特徴的。内部の構造が異なれば、全体のシルエットも当然違ってきます。

「全体のシルエットを見ながら各部を削り、盛り、ミリ単位で調整していきました。そもそも骨格の異なるフィルムカメラをモデルにし、新たなミラーレスカメラをつくり出すわけですから苦労はありましたが、洗練とあたたかみを兼ね備えた、このZ fcならではのプロポーションになったと思います」

さらに、2人はこのZ fcに往年のフィルムカメラが備えていた空気感を持たせる上で、細部の仕上げにこだわりました。
「往年のフィルムカメラの時代は金属のプレスでボディをつくっており、角の部分がややツブれたようなかたちをしています。あえて、その不自由だった時代のディテールを取り入れました。また、塗装の質感も佇まいを際立たせるための大切な要素。シルバーの粒子の大きさ、色合い、艶加減を何度も調整することで、製法は違えども、ボディ全体から感じられる空気感を再現することを目指しました」

機械を持つ、
操作する喜びを表現したボディ

映像を残すための機械、カメラ。それを使って写真という最終的なアウトプットを得るだけでなく、機械を操作する喜びや持つ喜びを、いかに感じていただくか。ここも往年のフィルムカメラが手本になりました。ボディの上部に並ぶダイヤル。F値を表示する小窓。こうしたデザインを通じて、「光の量を調節する」という行為に、より特別な意味をもたせられる。鈴木はそう考えました。

「液晶画面に目を移さなくても、カメラの上部をひと目見れば、いまカメラがどんな状態にあるのかがわかる。そうすることで、目の前のモノや出来事にまっすぐ向き合えるようになるはずです。指で触れたときの質感や、回したときのクリック感も、機械を操作する喜びを高める重要な要素。指先で感じる楽しさにもこだわりを込めました」

革シボの検討に使用した人工皮革
張替え用の人工皮革

カメラを手の中に収めたときの手触りや感触もまた、撮影という時間を豊かにすることに大きく関係します。ボディ表面の革シボは、理想の質感を求めて何種類も検討しました。

「ヘリテージデザインの雰囲気を醸し出すために必要だったのは、深みと奥行きです。表面は光沢を持たせながら、凹んでいる部分をマットにすることで立体感を際立たせました。厚みを0.05㎜単位で調節しながら、最終的に正解と言えるものを完成させました」

ダイヤルや機能表示などのディテールについても、FM2をはじめとする歴代の名機のエッセンスを抽出。オリジナルとは違う新たな魅力を加えていくことで、Z fcならではの魅力がかたちになっていきます。

ピント合わせの楽しさを
提案するレンズ

「写真って、必ずしもピントがバシッと合っていなくてはいけない、というものでもないと思うんです。物の見え方は人それぞれで、ちょっとピントがズレていたとしても、それが撮る人の個性になることもあるのではないかと」

そう話すのは、キットレンズのひとつ、NIKKOR Z 28mm f/2.8 SEのデザインを担当した桑山。ボディと組み合わせたときの世界観を重視したこのレンズは、FM2が発売された当時のNIKKORレンズの設計図も紐解きながらかたちづくられています。一番目を惹くのは存在感のあるコントロールリング。

「このZ fcは、Zシリーズならではの高いオートフォーカス性能を備えています。でも時には、わざわざ自分でリングを回してフォーカスを合わせてみてもいい。そんな楽しさや面白さも、もっと多くの人に感じてもらえたらと思いました。単に当時の見た目を再現するというより、その人なりの写真の楽しみ方を広げる一助にこのカメラがなっていったらこれ以上の幸せはありません。」

撮影という時間を通して、自分自身や自分の表現と向き合う。それは、きっとZ fcならではの魅力になるはず。カメラという機械を手にすることで得られる時間や生き方を、特別なものにする造形が、こうしてできあがっていきます。

もともと暮らしに
存在したかのように

このカメラをどのようにして、人に届けていくか。プロダクトと同様、コミュニケーションにも、一貫したコンセプトを持たせていきました。この領域のデザインを主導したのは、コミュニケーションデザイナーの下川。

「自分らしい毎日を発信する人たちに、撮影という時間そのものをじっくりと味わってもらいたい。そのためには、カメラの方に近づいてきていただくのではなく、こちら側からお客さまの生活に歩み寄り、馴染んでいくようなコミュニケーションが重要だと思いました」

では、Z fcが歩み寄る先は、どのような人の、どのような生活なのか。おしゃれな生活、充実した生活、シンプルな生活……。もちろん、それらは間違いではないものの、どこか曖昧で実態のつかめないものでもあります。

「デザインメンバーだけでなく、設計部門やマーケティング部門など、さまざまな領域のメンバーとともに、何度も議論を重ねて言語化することで、このカメラがどんな生活に馴染んでいくべきなのかを明確化していきました。最終的に行き着いたのが、自然体の生活。自分は自分、他人は他人という意識を持ち、自分らしいありのままの生活を楽しんでいる。そうした人の暮らしに、もともと存在していたかのように馴染んでいくことが、コミュニケーションにおける大切な指針になりました」

カタログなどのアイテムはもちろんのこと、パッケージやリーフレットのような周辺のアイテムにも徹底したこだわりが詰まっています。上質な手触りのクラフト紙でつくられたパッケージを開けると、遊び心のあるリーフレットが現れ、その先でカメラが手に取られるのを静かに待っている──。精密機器としてではなく生活のパートナーとして、家に届いた瞬間から持つ人の気持ちを高め、生活に溶け込める存在を目指したのです。

さらに、エクステリアの張替えで、より自分らしい一台に仕上げられるという新しい試みも。その根底には、Z fcがずっと使い続けてもらえるものであってほしい、という強い想いが込められていると、鈴木は話します。

「エクステリアのカラーが変われば、それだけでまた新鮮な気持ちで撮影を楽しめます。気に入ったものを長く使う。そんなスタイルにマッチしたカメラにしたいと考えました。張替えのときにはボディをお預かりする必要があるので、一度手元から旅立っていくことになりますが、だからこそ返ってきたときの喜びも大きくなるのではないかとも思います。そんな時間も通じて、大切な相棒として長く楽しんでもらいたいです」

撮影の楽しみ方は人それぞれ。だからこそ、そのひとつひとつに真正面から向き合い、デザインの力で想いに応えていきたい。ニコンの挑戦は続いていきます。

暮らしに馴染み、
気持ちを変えるデザイン

鈴木:「ものづくりは、誰かにプレゼントすることと同じ。そんなことを、あらためて実感しました。会ったこともない知らない人には、何をどのタイミングでどう渡したら喜んでもらえるか分かりません。だからこそ『お客さんはどうなっていたら嬉しいかな?』といかに想像力を働かせられるか、そしてそれを提案で終わらせる事なく、きちんとかたちにできるかが鍵。今回の経験を糧に、ユーザーの気持ちに応えるものづくりを続けていきたいです」

阿部:「Z fcをデザインするにあたって、長年ニコンにいる先輩方に話を聞いたり、書籍を調べたりと、何よりもニコンのカメラの歴史を紐解くことに時間をかけました。そこから得られたのは、時を経ても色褪せないニコンのものづくり。先人たちのものづくりへの精神に尊敬の念を抱くと同時に、『オリジナルの魅力を超えるものをつくりたい!』という気持ちが、最後までチームを後押ししてくれたように思います」

桑山:「このカメラの試作品ができあがったとき、いろいろな部署の人が集まってきて、口々に熱っぽく自分の意見を述べていきました。それを見て、モノの持つ力を再認識した気がします。目の前に実物がある、ということは、これほどまでに人の気持ちを動かすものなのだ、と。モノよりコトと言われる時代ですが、本当は、モノとコトによる相乗効果で、新しい価値が生まれているのかもしれません。これからも、デザインの可能性を信じ、その力を充分に発揮していきたいです」

下川:「チームビルディングの楽しさや、一丸となったときのパワーを感じられた企画でした。お客さんに喜んでもらえるものをという想いは大前提ですが、チームメンバーの顔を思い浮かべながら、この人のためにやりたいと思えたことが私の最大の活力になりました。その熱意が、Z fcを手にするお客さん一人ひとりの心にも届くといいなと思います」