Designer’s Voice vol.2

2020.9.28プロダクトデザイナー

人の心に、ダイレクトに響くデザイン

プロダクトデザイナー、上野 正祥。
大学でプロダクトデザインを学び、2016年、ニコン入社。さまざまなニコン製品のデザインに携わりながら、プロダクトデザインのあり方を深く追求し続けています。

つくりたいのは「あなた」のためのプロダクト

人の心に、ダイレクトに響くデザインをしていきたいと思っています。
言ってみれば、見た人が「これは私のためにつくられたのだ」と直感的に感じられるようなデザイン。特に、カメラのような「趣味の道具」はそうあるべきだと思っています。
いま、あらゆるものがデータ化されて、人の行動もデータに表れます。どんな人がどんな暮らしをし、何を求めているのかというところまで数値化できます。だから、ある意味ではデザインの「正解」をデータから導き出しやすい時代なのかもしれません。

しかし、人間とは「立体的」なものです。
「こんなものが欲しい」といった表面に見えているものもあれば、言語化できない、あいまいでフワフワしたものも同じように人間を構成しています。
データから見えているのは、あくまでも「平面的」なもの。言ってみれば、本来は立体のものを、むりやり平面に貼り付けているにすぎないのではないでしょうか。
データと繋がっている先ではなく、データとは別の次元にあるものを考え抜くということをしない限り、私が目指す「人の心に、ダイレクトに響くデザイン」にはならないと思っています。

上野が学生時代にデザインしたプロダクトと作品集。

「デザインはかたちじゃない、問題解決だ」

おぼろげながらプロダクトデザインを志した高校時代、デザインは「かたち」だと思っていました。中学生時代に出会った携帯音楽プレイヤーや、瞬く間に世の中へ広がっていったスマートフォン。どれもかたちとして衝撃的でしたし、だからこそ多くの人に受け入れられていったのだと感じていたからです。
自分も「かっこいいもの」を作って、世の中に届けたい──。そう考えて美術大学の門を叩きましたが、入学早々教授に言われた言葉がいまも忘れられません。
「みんなデザインはかたちだと思っているだろうが、そうじゃない。デザインは問題を解決するためのものなのだ」。

どういうことでしょうか。たとえば、ニコンのカメラと他のカメラがあったとして、かたちは当然異なります。写真を撮りたいユーザーの抱える問題があり、どうすれば解決できるのか。そこへのアプローチの仕方が、それぞれ違っているからです。単に「かっこよさ」だけで決まっているわけではないのです。
その視点でものごとを見ていくと、世の中にあるプロダクトがまったく違って見えてくるようになりました。もしかすると、自分はこれまで生きてくる中で「デザイン」について大きな勘違いをしていたのかもしれない。そう思いました。
私がそのかたちに魅せられた音楽プレイヤーやスマートフォンは、まるで時代の先を読んだかのような「かっこいい」デザインでした。けれど、それらのデザイナーに千里眼のようなものがあったからできたわけではないのでしょう。「音楽を聞く」「人とコミュニケーションを取る」ということを深く掘り下げる、すなわち「問題の解決」に真摯に取り組んできたからこその、成果だったのだと思うのです。

問題解決の、その先へ

大学の課題では、ヘッドフォンやスピーカーをはじめ、さまざまなプロダクトデザインに取り組んできました。その中で常に意識していたのは、「そのデザインがどんな問題を解決するのか」という点です。
その上で、ニコンに入社して実際にデザインをしながら感じたのは、「言葉にできないフィーリング」をかたちにすることの重要性でした。

左からCOOLPIX P950、COOLSHOT PRO STABILIZED、COOLSHOT 20 GII。

入社して間もない頃、先輩から「COOLPIX P950」のデザインを引き継いだときのことです。
一目見た印象は、“かっこいいカメラ”。「この造形をなんとかして製品化したい」と強く思いました。そして、なぜここまで心を動かされるのかを、自分の中で何度も問い直しました。
遠くから小さな被写体を捉えたいという問題を解決できるからなのか。それとも、35mm判換算で2000mm相当の超望遠を気軽に持ち歩くという、使う人のシーンが思い浮かぶからなのか。それももちろんあります。
けれど最終的にこう思い至りました。きっとその造形に、信念や想い、主張といったデータとは別のものが感じられたからなのだと。

同じくデザインを担当したゴルフ用レーザー距離計「COOLSHOT」シリーズも心に強く残るプロダクトです。
空の青、芝のグリーンで構成された広大な空間。そこに持ち込むに相応しいデザインとはどんなものか。そう考えたとき、小さいけれど広い空間の中でひときわ目立つ、ボールの「白」が思い浮かびました。
そうしたイメージから、色やかたちの意味を再発見しつつデザインを進めることで「自然の中でボールと向き合う」という、ゴルフ場の世界観や空気感を表現できたのではないかと思っています。

人の心を知り、当たり前を疑い、新しい価値をつくる

ニコンのデザイナーになったからには、きちんとカメラを突き詰めたい。カメラを楽しむ人たちの心に、一直線に突き刺さるようなものをデザインしていきたいと強く思います。
そのためには、デザインのスキルを磨くということにとどまらず、もっと「人の気持ち」について深く知っていきたいと考えています。
リサーチを通じて、カメラを楽しむ人の声を丁寧に拾い上げていくということもそうですし、趣味を楽しむ自分の心と向き合うということもそうです。

たとえば私の場合、「写真を撮る」という行為は完全に「エゴの表出」です。普段の仕事で自己表現を一番に優先するということはほぼありませんが、写真はどこまでも自由です。目の前にあるものを思うままに切り取り、自ら表現したいように表現できます。単に「写真を撮る」ということを超えて、自分を解放する時間を楽しんでいるのかもしれません。

もうひとつの趣味であるロードバイクからも、多くの気付きがあります。私のものは曲面で構成されたフレームが特徴で、さらに左右非対称です。もちろん機能的な面もそうですが、それ以上にたたずまいそのものから感じられる、ダイナミクスや、他に無い特別感にも魅せられています。この造形が「走る」という行為そのものを、より価値のあるものに変えてくれているのだと思います。

  • ニコンのデザイン部門であるデザインセンターが中心となって企画した、ニコン公式Facebookでのシリーズ投稿。

人間は「立体的」なもの。「趣味」は、それを象徴するものだと思います。
あいまいなものをありのままに理解し、デザインに落とし込むことで新しい提案もしていきたいですし、これまでの常識を疑うということにも、臆せずチャレンジしたいと思っています。加えて、多くの人に「趣味」のおもしろさを発信することも、私の重要な仕事だと考えています。「おうちで絶景(※)」もそんな試みのひとつです。

つくったものが「すべての人」に響くかどうかはわかりません。それでも、「これは私のためのカメラだ」と感じていただけるようなプロダクトを、ひとつでも多く生み出していきたいと考えています。ぜひ楽しみにしていていただきたいと思います。