“霧”を用いた透明導電性薄膜の製造 ~表示デバイスのエコな製造革新へ~

ニコンと東北大学多元物質科学研究所による共同研究成果

2021年5月20日PRESS RELEASE/報道資料

株式会社ニコン(社長:馬立 稔和、東京都港区、以下「ニコン」)と国立大学法人東北大学多元物質科学研究所(研究所長:寺内 正己、宮城県仙台市、以下「東北大学多元物質科学研究所」)は、水に安定的に分散するITOナノ粒子※1を独自に開発し、環境への負荷が低い成膜方法である「ミストデポジション法」※2による透明導電性薄膜の製造に成功しました。

フレキシブルな液晶パネルや有機ELパネル、太陽電池へのニーズが高まっていることから、ニコンはそれらの製法の1つである「Roll to Roll」工法の研究を進めています。「Roll to Roll」工法で用いる装置本体やその周辺技術について、ニコングループ内にとどまらず、社外の研究機関とも共同で研究・開発をしており、今回の東北大学多元物質科学研究所との共同研究もその一環です。本発表は、「Roll to Roll」工法の実現に近づく大きな成果といえます。

【発表のポイント】

  • ナノ粒子を含む“霧”を用いて、基板上にナノ粒子を緻密に堆積させる「ミストデポジション法」を新たに開発。
  • 「ミストデポジション法」に最適なナノ粒子として、界面活性剤※3を用いなくても水に分散するITOナノ粒子の合成法を開発。
  • 開発したITOナノ粒子を「ミストデポジション」することで、実用的な透明導電性フレキシブルフィルムを環境に優しい条件で製造。
  • 「ミストデポジション法」は、有機溶媒を用いないことから、低環境負荷であり、カーボンニュートラルに貢献する。

【概要】

透明かつ電気を流す「透明導電性薄膜」は、テレビ・スマートフォンなどの表示デバイスのキーマテリアルであり、環境に優しい製造プロセスが求められています。東北大学多元物質科学研究所の蟹江澄志教授らとニコンは、「透明導電性薄膜」の製造法として、「ミストデポジション法」を開発しました。この手法では、ナノ粒子を含む“霧”を用い、常温・常圧下の環境に優しい条件で、基板上にナノ粒子を緻密に堆積させることが可能です。別途開発したITOナノ粒子の水分散液を用い、「透明導電性薄膜」を製造したところ、常圧下、低温熱処理(150℃)の条件で、実用的なフレキシブルフィルムが得られました。この製造法は、従来のスパッタ法やインク塗布法に比べ、はるかに低環境負荷であり、カーボンニュートラルに大きく貢献します。

本成果は、Springer Nature社が管理するオープンアクセス電子ジャーナル誌「Scientific Reports」に、5月19日(水)付けで掲載されました。

【詳細な説明】

プリンタブルエレクトロニクス※4の分野では、ITOを大気環境下で低温成膜することが難しいため、代替材料としてAgナノワイヤ―などの開発・利用が検討されています。しかしながら、貴金属を用いるため高価であることやエレクトロマイグレーションなどによる劣化が課題となっています。

東北大学多元物質科学研究所およびニコンの共同研究では、ナノ粒子の形状制御に着目することで、高水分散性ITOナノ粒子の開発に成功しました。具体的には、ソルボサーマル合成法において表面に突起形状を設ける粒子設計を行うことで、粒子の親水性を向上させることに成功し、従来品と比べて長期間安定して分散することを確認しました。

画像
図1. ナノ粒子および塗布溶液の外観
(a)開発したITOナノ粒子 (b)ITOナノ粒子を原料とした水分散液

本成果により、ITOナノ粒子を原料とした塗布溶液は、有機溶剤や界面活性剤などの高温処理や高抵抗率化の原因となる添加物を加える必要がなく、水系のインクを作製することが可能になりました。このため、従来の粒子では必要であった高温での溶剤や界面活性剤除去が不要であり、一般的な樹脂フィルムが利用できる150℃以下の低温でかつ大気圧下において低抵抗な透明導電膜を得ることが出来ます。大気圧成膜法の一つであるミストデポジション法と組み合わせることにより、PEN基板上に150℃という低温で比抵抗9.0 x 10-3 Ω・cmの膜を得ることが出来ました。ミストデポジション法とは、数MHzの超音波を原料溶液に印加することによって霧化させ、生成したミスト状の原料をガスにより搬送する気液混合プロセスの成膜法です。

画像
図2. ミスト成膜法の概略図
(a)基板上におけるナノ粒子ミストの挙動 (b)装置の全体図

PENフィルム上に成膜したナノ粒子膜の断面観察結果より、突起形状を有するITOナノ粒子膜は、その分散性と形態的な特徴によって稠密に配置していることが確認されました。これらの特徴より、界面活性剤を含む市販品のITOナノ粒子膜に対して3桁、東北大学開発の従来粒子膜に比較して1桁程度、低い抵抗値となり、ナノ粒子インクを用いて成膜したITO薄膜としては現時点で最も低抵抗なITO膜となり、真空成膜法での薄膜に迫る値となります。

画像
図3. ITOナノ粒子膜の断面観察画像
(a)従来のITOナノ粒子 (b)開発したITOナノ粒子

本研究成果は、東北大学多元物質科学研究所およびニコンの共同研究および科学技術振興機構(JST)による「研究成果展開事業(企業化開発・ベンチャー支援・出資)」プログラム(No.MP28116808198, VP29117939723)の支援により得られました。

【論文情報】

タイトル:A Nanoparticle-Mist Deposition Method: Fabrication of High-Performance ITO Flexible Thin Films under Atmospheric Conditions
著者:Ryoko Suzuki, Yasutaka Nishi, Masaki Matsubara, Atsushi Muramatsu, and Kiyoshi Kanie*(責任著者)
掲載誌:Scientific Reports
DOI:10.1038/s41598-021-90028-6

(参考)ITOナノ粒子の合成に関する論文は下記をご参考ください。

タイトル:Single-Crystalline Protrusion-Rich Indium Tin Oxide Nanoparticles with Colloidal Stability in Water for Use in Sustainable Coatings
著者:Ryoko Suzuki, Yasutaka Nishi, Masaki Matsubara, Atsushi Muramatsu, and Kiyoshi Kanie*(責任著者)
掲載誌:ACS Applied Nano Materials
DOI:10.1021/acsanm.0c01023

【用語説明】

  • ※1.ITOナノ粒子
    ITO薄膜は可視光領域における透明性をもちつつ電気伝導性を合わせて持つ材料であり、ディスプレーや太陽電池などの電極素材として広く用いられています。本粒子はITOをナノサイズ化した粒子であり、インクを用いることで高価な真空設備を用いずにITO薄膜の形成が可能になります。透明電極、熱線反射など、一般的なITO薄膜と同じような使用方法が可能です。
    なお、ITOとは、スズドープ酸化インジウム(Indium Tin Oxide)の略称で、スズ(Sn)を10 wt%程度添加した酸化インジウム(In2O3)のことです。高い導電性と透明性を兼ねそろえていることから、液晶ディスプレーやタッチパネル内の透明導電膜に利用されています。
  • ※2.ミストデポジション法
    溶液に特定範囲の周波数を印加させることで数μm以下のミストを生成し、これらを原料とする気液混合の成膜方法です。生成したミストは気体によって基材まで搬送されるため、気体の流路設計により様々な形状への塗布成膜が可能です。また、ミストの生成量と搬送気体の流量を精密に制御することで、「Roll to Roll」方式に代表される連続成膜工程への安定した原料供給も可能です。
  • ※3.界面活性剤
    ナノ粒子などでインクを作製する際一般的に用いられる表面修飾剤で、目的とする溶媒に合わせて添加します。添加剤であるため粒子本来の物性を下げるものが多く、焼成工程などにより最終製品からは除去するのが一般的です。
  • ※4.プリンタブルエレクトロニクス
    主に真空プラズマプロセスにより作製していた電子デバイスの構成部材を、インクを原料とした湿式工程により作製する技術です。

こちらに掲載されている情報は、発表日現在の情報です。販売が既に終了している製品や、組織の変更等、最新の情報と異なる場合がありますのでご了承ください。

シェアする