1999 One Minute Story D1が切り拓いたデジタル新時代

映像のイノベーションを牽引したデジタル一眼レフカメラ

この画期的な製品の開発は、1996年、トップ3(小野社長、吉田副社長、靏田専務)直轄のTOP01プロジェクトからスタートした。

小野社長:「これからはデジタルの時代だ。2年でフラッグシップにふさわしいデジタルカメラを作る!」

プロジェクトリーダーに指名されたのは、カメラ開発の経験豊富な富野直樹。カメラ・電子画像・光学・知的財産などの各部門から精鋭が集められ、かつてないほど社内横断的な開発チームが編成された。

富野(開発メンバーに向けて):「どんな場合でもポジティブに。志を高くしてチャレンジすれば、見えないものも見えてくるはずです。」

開発メンバーは「やろうじゃないか。」と気持ちを一つにした。

COOLPIX 300 ※ペンタッチ操作が可能。
デジタルスチルカメラ E2 ※富士写真フイルム(現 富士フイルム)と共同開発し、独自の縮小光学系を搭載。
35mm フィルムスキャナ LS-1000
フィルム一眼レフカメラ F5
ニコン初のコンパクトデジタルカメラ COOLPIX 100 ※PCのカードスロットへの挿入が可能。

デジタルカメラは、ニコンが培ってきた「デジタル画像処理技術」、「光学技術」、「設計技術」の集大成だ。

一方で、その性能は、画像センサーと画像処理エンジンが左右する。開発スピードを上げるため、TOP01プロジェクトは、この心臓部を社外と共同開発することを決断した。

富野 :「他社の資産を寄せ集めるだけの思想は好きじゃない。とはいえ、すべてニコンだけでやろうと思わないことが肝心だ。」

富野はパートナーを探すために、D1の開発を通して、1年間で計2,000社程をあたった。

無謀に見える挑戦に、門前払いされたこともあった。

某メーカー担当者:仰っていることは分かりますが、なかなか難しいですね。

だが富野はひるまなかった。

富野 :「新しい時代の新しい映像文化を、一緒につくってください!」

富野は「こういう製品を作りたい。」「お客さまにこういう価値を提供したい。」と、自分たちの想いを熱く伝え、志を共にしてくれる仲間のネットワークを広げていった。 最初は実現に懐疑的だったパートナー会社も、開発メンバーが思い描く将来の映像の世界観から説明することで、夢を共有してくれるようになった。

パートナー会社 :「それでは、お互いにがんばりましょう。」

結果、D1のキーとなる画像センサーのための大型CCDと、それを活かすための画像処理エンジンを、他社と共同開発することが決まった。こうして、ニコンの強みを活かしつつ、パートナー会社の力を借りながら、開発スピードを加速させていった。

1999年9月。ついにデジタル一眼レフカメラ「D1」を発売。

当時、世界最高速の連写(約4.5コマ/秒)・シャッタースピード(1/16000秒)・シャッターレリーズタイムラグ(約0.058秒)の他、画質性能や操作性など、高い総合力を持ち、さらにその価格は当時のライバル機の約1/3、「E2」の約1/2という画期的なものであった。開発メンバーもライバルに比して、「3年半先行した。」と自負するほどであった。

映像のデジタル化と新たな映像表現への潮流。D1は時代が大きく動く、まさにきっかけの1つとなり、映像文化の裾野も広げていった。

2段ロケット方式で発進

1990年代に入ると数々のデジタルカメラが発売されたが、カメラ市場全体の中では、フィルムカメラに比べると普及にはほど遠い状況だった。そうした中、先進的なデジタルカメラの開発を目指すTOP01プロジェクトが、1996年7月に始動した。
当時デジタル技術の蓄積が十分ではない中、トップからの指示は「2年でフラッグシップにふさわしいデジタルカメラを開発する」というものであった。この難題に、富野はまずコンパクトデジタルカメラを出し、その後速やかにデジタル一眼レフカメラを製品化する「2段ロケット方式」で臨むことにした。開発にあたっては、デジタルカメラ時代の到来を見通していた一部のプロフォトグラファーたちからも、ユーザー目線での協力を得た。

TOP01プロジェクトは当時の経営トップ3名(小野社長、吉田副社長、靏田専務)主導のプロジェクト。

プロジェクトメンバー。中央がリーダーの富野。

COOLPIX 900

そして1998年4月、第1段目のコンパクトデジタルカメラ「COOLPIX 900」を発売。レンズには「NIKKOR」の名を冠し、カタログでは「ニコン クオリティー」を謳った。レンズ・光学ファインダー・スピードライト部が上下方向で360度回転するスイバル機構を採用し、光学ズームレンズでありながら携帯時にはフラットになるカメラデザインは、その後COOLPIX 910、950、990、995とシリーズ化され、コンパクトデジタルカメラ創成期の一翼を担った。

世界のカメラ史に名を残したD1

D1

そして1999年9月。ついに2段ロケット方式の本命であるデジタル一眼レフカメラ「D1」を、フラッグシップ機として世に送り出した。
D1は、ヨーロッパのカメラ・映像雑誌の協会TIPAの「Best Digital Professional Product 2000-2001」、同じくヨーロッパのカメラ・映像・オーディオ誌の組織EISAの「European Pro. Digital Camera of the Year 2000-2001」を受賞。国内では「1999年の歴史的カメラ」(日本カメラ財団歴史的カメラ審査委員会)や「スーパー・グッズ・オブ・ザ・イヤー」(モノ・マガジン誌)編集部特別賞にも選定された。また、富野は2006年に、カメラメーカーや販売会社などから構成される米国の写真業界活動の中心的役割を担う団体PMDAが、映像関連製品・サービス・活動に関する幅広い分野で優れた功績をあげた人物に与える「Technical Achievement Award」を受賞した。富野は、「代表でこの賞をいただきます」とインタビューで答えている。それは、ニコンの代表というだけではなく、パートナー会社を含めD1の開発に携わったすべての仲間たちの代表という気持ちを込めた言葉だった。

EISA「European Pro. Digital Camera of the Year 2000-2001」
の賞状

雑誌「モノ・マガジン」主催のスーパー・グッズ・オブ・ザ・イヤー
編集部特別賞受賞時の富野

D1がもたらしたパラダイムシフト

1999年に発売されたD1はデジタル一眼レフカメラが本格的に普及するきっかけをつくり、2004年にはフィルムカメラの出荷台数を上回ることとなる※1。D1はフィルムからデジタルへの転換を本格化させ、プロフォトグラファーや報道機関だけではなく、一般向けにまで広く普及させる大きなきっかけを創り出した。その後、ニコンも含め多くのメーカーが多様な機種を投入する中で、パソコンやネットワーク等の周辺環境の整備も進み、写真の撮り方や楽しみ方は大きく変化した。カメラに搭載された液晶モニターやパソコンで画像を鑑賞できるようになり、フィルム交換なしで膨大な数のシャッターを切れるようになった。
現在でも使われているRAWやNEFなどのデータ形式を初めて採用したのもD1だった。その一方で、既存のNIKKORレンズを使用できるよう、DシリーズでもFマウントを継続して採用。D1以降、ニコンはプロフォトグラファーや一般ユーザー向けにラインナップを充実させていく。その原点でもあるD1は、さまざまな面でカメラのあり方や楽しみ方に変革を起こし、カメラにおけるデジタル時代を切り拓いた歴史的な製品となった。

※1:カメラ映像機器工業会(CIPA)統計に基づく

動画で見る「Dの系譜」