1978 One Minute Story 人類史上、最も精密な機械

ステッパーの誕生

1976年。日本での半導体産業の飛躍を狙った国家プロジェクト、超LSI(大規模集積回路)技術研究組合(以下、超LSI研)が、通商産業省(現:経済産業省)の主導で発足した。

超LSI研は、極限LSIの開発というテーマを担い、半導体製造装置の開発を進める。

複雑な電子回路パターンを、半導体の材料であるシリコンウェハに形成する装置である。

その方式は3つ。

[電子ビームを照射する直接描画方式][X線露光装置を使う方式][光を露光光源とするステッパー方式]

日本光学(現:ニコン)は超LSI研から装置の試作を依頼される。開発することになったのは、光で露光するステッパー方式。3番目の案で、いわば「滑り止め」だった。

超LSI研のスタッフ:「これからの世代の加工技術としてステッパー方式は難しいのではないだろうか」

なぜステッパー方式は本命視されなかったのか。

当時ターゲットとされていたのは、サブミクロン(1マイクロメートル以下)デバイス。

ステッパー方式でこの条件に対応するには1本の髪の毛の断面に50本以上もの線を歪みなく焼き付けられるレンズが必要だった。

超LSI研スタッフ:「これまでの常識に照らせば、そんな解像力のレンズを作れるとは信じがたいな」

「ウェハを乗せる移動台(ステージ)の制御には、東京から富士山に向かってまっすぐに矢を放ち、山頂にあるテニスボールに命中させる精度が必要だそうだ」「そんなことが可能なのだろうか……」

ギリリ・・・

いける!

だが、日本光学(現:ニコン)で開発担当であった特機事業部の吉田庄一郎には勝算があった。

実現に必要なものは3つ。

ステッパーの心臓部となる「高解像力投影レンズ」。ウェハを乗せたステージを高速かつ高精度に動かす「超精密高速ステージ」。そして、自動制御機構を支える「光電センサー」。

高解像投影レンズ「ウルトラマイクロニッコール」

超精密高速ステージの基礎となった「ルーリングエンジン2号機」

そのすべてを、当時の日本光学は備えていたのだ。

吉田たちが実現した「人類史上もっとも精密な機械」は、社会をどう変えたか……

半導体産業勃興のきっかけに

ステッパーの仕組み

ステッパー(縮小投影型露光装置)は、フォトマスク(複雑で微細な電子回路のパターンを描いた大きなガラス板)を超高性能レンズで縮小してシリコンウェハと呼ばれるシリコンの板に投影し、光で焼き付ける。半導体製造の要を担う装置だ。
それを実現するための個々の技術は、日本光学にはあった。また、スムーズな開発には、レンズを設計する「光学設計」、精密機械を作る「機械設計」、電気関係を手がける「電気設計」という3つの技術系統の連携が必要だったが、それを可能にする風土づくりを、プロジェクトリーダーだった吉田庄一郎はすでに行っていた。将来さらに微細化することが確実な半導体回路に対応できる「縮小型」の開発にあえて挑戦するという「心意気」もあった。
こうして1978年7月、ステッパーの試作1号機「SR-1」が完成。これを見た超LSI研は、その性能を高く評価した。この頃には米国大手メーカーがすでに実用化していたこともあり、ステッパーは次世代半導体製造装置の主役として一躍脚光を浴びるようになっていた。
以降の半導体の進化に対応するためにはステッパ一以外の露光法はあり得ないと確信した吉田は、その商品化を決意し、量産を前提とした試作を開始。そして、1980年3月、SR-2が完成。ここにおいて日本光学のステッパ一事業は本格的に始動することになる。それは同時に、半導体産業という新たな産業興隆のはじまりでもあった。

超スマート社会の実現に貢献

高精細大型パネルの生産に最適なFPD露光装置「FX-103S」

ステッパーで蓄積した技術や知見は、現在、液晶ディスプレイなどのフラットパネルディスプレイ(FPD)の製造装置「FPD露光装置」にも応用されている。
ステッパーがシリコンの板に半導体回路パターンを露光するのに対し、FPD露光装置はFPDの基板となるガラスプレート表面にRGBの各画素を制御するためのスイッチを露光する。
2940x3370mmにもなる第10.5世代のガラスプレートに対応するための装置も巨大になっている。
現在、ニコンのFPD露光装置はスマートフォンやタブレット型端末、家庭用の薄型テレビや街頭のデジタルサイネージなど、さまざまなFPDの製造に利用され、超スマート社会の一翼を担っている。