1976 One Minute Story 顕微鏡100年の革新

数々の技術革新でサイエンスの進歩に貢献

1957年10月、第二次南極観測船「宗谷」東京 日の出ふ頭

「宗谷」に乗り込む観測隊隊員

「その革ケースは?」

「顕微鏡だよ。今回携行することになった小型の顕微鏡だ。」

「顕微鏡? その中に?」

H型顕微鏡

日本光学(現、ニコン)のH型は高級顕微鏡なみの性能をもちながら、大きさは35mmカメラとほぼ同じ大きさ。重さ800gで革ケースに収めて携行できた。

氷海を進む宗谷

極地での観察、氷海上のプランクトンの研究や宗谷船上での観察などで活躍した。

1857年 パスツールが酒精酵母を発見
1882年 コッホが結核菌を発見
1894年 北里柴三郎がペスト菌を発見

顕微鏡は科学の進歩に欠かせないツールだ。

日本光学では創立時から顕微鏡を製造し、1923年頃のカタログには「ビクター第2号顕微鏡」が掲載されている。

1925年にはドイツ人技師アハトが対物レンズを設計した「JOICO顕微鏡」を発売。以後も顕微鏡は民需品の中軸として、新技術が導入されていった。

研究用生物顕微鏡「バイオフォト」研究用金属顕微鏡「メタフォト」蛍光顕微鏡「フルオフォト」

さらに1976年、「100年ぶりの技術革新」と言われた世界初のCF方式顕微鏡「マイクロフォトV」シリーズを発売。

以後、日本光学の顕微鏡性能は飛躍的に向上し、他社もこの方式に追随した。

さらに自動化や画像処理などの新技術が評価され、1985年、NASDA(現、JAXA)にスペースシャトル搭載用倒立型生物顕微鏡を納入。

1992年、スペースシャトル「エンデバー号」の無重量空間での細胞培養実験にも使用された。

今もなお技術革新が進むニコンの顕微鏡。産業や科学の進歩を支え、人生100年時代の健康的な毎日にも貢献していく。

顕微鏡システム化の先駆者として

100年ぶりの技術革新と言われたCF方式顕微鏡。誕生の背景には、アメリカのIC産業を視察した光学設計者の受けたショックがあった。ICの製作・検査部門では多くの実体顕微鏡や金属顕微鏡が使用されていたが、そこに日本光学の製品が1台もなかったのだ。
1972年12月、顕微鏡システムの抜本的改革を目標としてプロジェクトチームが結成された。顕微鏡レンズの設計は、19世紀末にアッベが確立した対物レンズと接眼レンズの組み合わせで倍率色収差を補正する「コンペンセーション方式」が長く常識とされていた。しかしチームは、色収差を劇的に低減させるため、対物レンズと接眼レンズの色収差をそれぞれ単独に補正するCF(Chromatic Aberration Free) システムを採用した。また、対物レンズにEDガラスを用いて高性能化を図り、光源から像面までのすべての光学系を医学・生物・工業関係など、あらゆる分野のニーズに対応できるシステムにする検討を重ねた。さらに、顕微鏡全体のシステムにも新しいユニット方式を導入。本体ユニットと各種アームユニットの組み合わせで、さまざまな観察用途に最適化できる顕微鏡「マイクロフォトV」シリーズを1976年7月に発売した。システム化は、ニコン顕微鏡のDNAとして以降も引き継がれていく。

CFシステムを導入した対物レンズ
研究用生物顕微鏡「バイオフォト」