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「すばる望遠鏡」とNikon - HDS(高分散分光器)編- 国立天文台 光赤外研究部 教授 野口邦男さんにインタビュー

国立天文台 光赤外研究部 教授 野口邦男さん
太平洋のほぼ中心、ハワイ島のマウナケア山頂に大型光学赤外線望遠鏡「すばる」が設置されています。標高4,200メートルという観測するには過酷ともいえる場所にあるのは、快晴の日が多くしかも大気が薄く乾燥しているからです。マウナケア山頂は、観測をする上で屈指の好条件を持った場所として有名です。ここには、世界の多くの望遠鏡が集まっています。
 わが国が世界に誇る「すばる」には、観測装置の1つとしてHDS(高分散分光器:High Dispersion Spectrograph)が搭載されています。宇宙が誕生して間もない頃にできた古い星の元素組成を調べることにより、各種元素の生成の歴史を解明するなど、天体の高分散スペクトル観測で活躍しています。HDSによる代表的な成果、HDSの原理について国立天文台の野口邦男さんにお聞きしました。

世界トップレベルの天体観測を目指して
国家的なビッグプロジェクト「すばる」誕生までの経緯をお聞かせください。
 私が「すばる」の観測装置であるHDSの開発計画に参加したのは1995年からです。その時はすでに「すばる」の建設は始まっていたので、「すばる」計画のすべてを目の当たりにしたわけではありません。当時、「日本の光赤外天文学が世界と競争していくために何が必要か」という問いは、天文に携わる者であれば誰でも持っていました。可視光の観測に加えて、1960年代から急速に台頭してきた赤外線天文学にも目を向けなければいけないという動きがありました。可視光と赤外線、この2つの波長域で観測する世界最先端の大型望遠鏡をつくろうということで、「すばる」プロジェクトが始まりました。正確に言うと、当初は「大型光学赤外線望遠鏡計画」と呼ばれていました。完成間近になって「すばる」の愛称で呼ばれるようになりました。

天文学においてわが国と世界では、レベルに大きな開きはあったのでしょうか?
ハワイ島のマウナケア山頂にある「すばる望遠鏡」

ハワイ島のマウナケア山頂にある「すばる望遠鏡」

 1970年代には、口径が3〜4メートルの望遠鏡が世界各地で建設され始めました。天文学者は、より遠くの天体をより高分解能で観測したいわけです。そこで問題になるのが、望遠鏡の性能です。集光力はレンズや鏡の面積で決まりますから、当時、国内最大であった1.8メートル程度の望遠鏡でも、集光力で5倍程度の差があります。望遠鏡本体に搭載される観測装置の性能も重要で、最新の装置か否かで最終的な観測結果は、10倍以上違ってしまいます。世界と競争するには、当時の国内にあった施設のままでは、太刀打ちできなくなっていました。さらにもう1つ、望遠鏡が設置される場所の気象条件は観測結果に大きく影響するため、湿度の高い日本での天体観測は不利なんですね。私たちは、2つの選択肢を検討しました。1つは便利が良い日本国内に4メートル級の望遠鏡をつくるという案、もう1つはビッグプロジェクトになるけれども観測する上で最適な環境の場所に、世界最高レベルの望遠鏡をつくるという案でした。
 可視光と赤外線の観測を行う際、湿度の高いところでは赤外線では特に、大気の透過率が低いため望遠鏡の性能を引き出すことができません。つまり日本は、世界有数の湿度の高い気候ですから赤外線観測には適していないのです。そこで、候補にあがったのは、ハワイのマウナケア山頂でした。富士山よりも高い標高4,200メートルの場所は、天気、大気の状態など格好の観測条件をそろえているからです。結局、「すばる」プロジェクトのコンセプトは、「わが国が誇る技術力を駆使して、世界最高レベルの望遠鏡をベストな場所につくり、世界最高の観測を行う」ということに固まったわけです。当時としては、大変チャレンジングな目標でした。

宇宙の創成期に迫る
宇宙のはじまりとは、一体どのような様子だったのでしょう?
 HDSを代表とする高分散分光によって解明されつつある代表的な2つの成果についてお話ししましょう。1つ目は「元素の起源」についてです。宇宙の創成期、ビッグバン直後の宇宙には水素とヘリウム以外の元素は、ほとんど存在していませんでした。今、地球上には、100種類以上もの元素が存在しています。しかし、実際に観測してみると、古い天体ほど原子番号の大きい元素がどんどん少なくなっています。つまり宇宙の進化と共に、元素が生成されてきたと理解できます。水素やヘリウムより重い元素の多くは、星の一生(進化)の過程で星の内部でつくられ宇宙空間に放出され、次第に宇宙の重元素は増えていったと考えられるのです。
 星の一生についてですが、最初に大部分が水素で、わずかにヘリウムを含んだ固まりが形成されます。その固まりが十分に大きいと、重力による収縮で中心温度が上昇し星となり、中心で核融合反応が起こります。簡単に言うと、水素が燃えてヘリウムになるわけです。質量の大きい星では、さらにヘリウムが燃えることによって、原子番号の大きい元素が生成されます。この核融合反応で発生したエネルギーによって、星は輝いています。核融合反応によって、原子番号26の鉄までの元素がつくられます。そして鉄を含む重い星は、超新星爆発で最後を迎えます。その爆発により、宇宙空間にさまざまな元素がばらまかれることになります。ばらまかれた元素が、重力によって集まり再び星が誕生し、そしてまた核融合反応が起こり、元素がばらまかれる・・・。このような繰り返しにより、宇宙空間で重元素が次第に生成されていったわけです。
「すばる望遠鏡」のナスミス焦点に常設されているHDS
古い星をみつけ高分散スペクトル観測をすることが、宇宙の起源に迫ることになるわけですね。
 古い時代に誕生したさまざまな世代の星を観測すれば、元素がどのように生成されてきたかがわかり、元素生成の歴史を知ることができます。この観測にニコンさんに協力していただき完成したHDSを用いています。星の高分散スペクトル観測によって、元素の存在量がわかるわけですから、HDSにより得られる観測データが重要な役割を果たしているのです。
 最近の成果を紹介します。2005年4月に発表したものですが、観測史上最も鉄組成の少ない星を発見し、元素組成の測定にも成功しました。その天体の鉄組成は、太陽のわずか1/25万でした。これにより、宇宙初期の元素組成がどのようなものであったかが次第に明らかにされつつあると期待されています。
未知の太陽系外惑星を求めて
HDSによって星の元素組成の測定から、宇宙における元素の生成過程の研究ができるんですね。その他に、どのようなことが調べられるのでしょう。
 高分散分光によって得られつつある2つ目の代表的な成果を紹介しましょう。HDSは、遠くの天体から届く光をスペクトルに分ける分光器です。測定している波長の1/10万というレベルの波長の差を測定できる分解能を持っています。この能力を用いて、われわれが住む地球と同じような環境を持つ惑星を探し出すことができる可能性があるのです。

惑星の探査は、どのようにして行っているのですか?
ドップラーシフト

宇宙のかなたの観測点から見ると、太陽が近づく時には、太陽の放つ光の波長は青色側にシフトし、遠ざかる時は赤色側にシフトする。

 遠く離れた宇宙から、太陽系を観測していると仮定します。われわれが住む地球は、近くにある太陽の輝きが強すぎてみることができません。ところが、太陽の動きを観測することで、太陽の近くに惑星があることがわかるのです。今、太陽系には太陽と地球しか存在していない場合を考えて見ます。通常、地球が太陽の周りを回っているといわれますが、これは正確な表現ではありません。太陽と地球の重心の位置を中心にして、太陽も地球も回っています。太陽と地球では重さが比べものにならないくらい違いますから、重心の位置は太陽の中心からちょっとだけずれた所にあります。太陽も重心点の周りを回っているわけですから、周期的に速度が変わっているのです。宇宙のかなたの観測点から見ると、太陽が近づく時には、太陽の放つ光の波長は青色側にシフトするし、遠ざかる時は赤色側にシフトします。これは、いわゆるドップラーシフトと呼ばれているものですね。太陽の高分散スペクトルを得ることによって、周期的な速度変化を観測できれば、地球という惑星が存在していることがわかるのです。このような微妙な波長の変化でもHDSなら補助的な手段を併用することにより、とらえることができるのです。
 地球上にいるわれわれはHDSを用いて、惑星を伴っている可能性がある星を数多く観測し、恒星運動に基づくスペクトルの周期的な変化をとらえようとしています。周期変動のデータからは、その恒星からどれくらい離れた位置に、どのくらいの重さの惑星が存在するのかを連星系の力学計算から求めることができます。このようにして、惑星探査を行っています。
 太陽系外惑星の探査は、現在世界的にも注目を集めています。すでに世界中で、100個以上の太陽系外の惑星が発見されています。これまでにみつけられた惑星は、木星のように大きな惑星がほとんどでした。観測精度の向上により、地球のような環境をもつ惑星が次々とみつけられる日が来るのも夢ではないと思います。


さて、HDSの原理についてご説明願います。
 HDSは、高分散分光器という名称の通り、光を高い波長分解能で分光する装置です。HDSでは、反射型のエシェルグレーティングを用いて分光します。グレーティング表面には一定の間隔で溝が刻まれていて、回折現象によって光は分光されます。
 図をご覧ください。隣り合った溝AとBに入射した光について回折後の光路をみてみると、Δlの光路差が生じているのがわかります。光路差Δlが波長の整数倍の条件を満たしている場合、すなわちΔl=mλ(m:整数、λ:波長)の条件になる方向にだけ、光は強め合います。特定の回折角度の出射光をみると、mの値の0,1,2・・・に対応して、0次、1次、2次・・・の回折光が強く出ていきます。一方、回折角が変わると強め合う光の波長が変わるので、入射光を波長ごとに分光できるわけです。光が粒子の性質と波の性質の2つを併せもっていることをご存じですね。回折は光がもつ波の性質から生じています。
グレーティングによる回折の原理

右上方からグレーティング表面に入射した光が左上方へ回折され出射している様子です。グレーティングの隣り同士の溝A,Bで回折された光の間には、Δlの光路差があります。この光路差に等しい波長を持つλ0の光は、強め合って出射されます(1次の回折光)。Δlの光路差が、波長の整数倍(m倍)の場合にも強め合います。mが2,3,・・・に対応して、2次、3次・・・m次の回折光と呼び、その時に対応する波長はλ0/2,λ0/3・・・λ0/mとなります。出射角が少し異なる方向には、λ0+Δλ,λ0+Δλ/2,λ0+Δλ/3,・・・の光が強め合って出射されます。

高次の回折光を用いるメリットをお聞かせください。
 HDSは観測している波長のおよそ1/10万の波長ごとに、光の強度を測定できる高い波長分解能をもっています。高い次数(mが大きい)の回折光ほど高い分解能を得ることができるため、HDSでは高次の回折を利用しています。
 ただし高次(m)の回折スペクトルでは、前後のたくさんの次数(・・・、(m-2)次、(m-1)次、m次、(m+1)次、(m+2)次、・・・)の回折スペクトルも重なってしまっているため、その重なりを次数ごとに分けてやる必要があります。この役割をするのがクロスディスパーザと呼ばれる素子で、HDSではやはり、グレーティングを用いています。クロスディスパーザは、エシェルグレーティングによってスペクトルが分散する方向とは直交する方向に、各次数の回折スペクトルを分解する働きをします。このようにして分光された光は、エシェルグレーティングとクロスディスパーザの分散方向が直交しているため、全体のスペクトルは2次元的に展開されることになります。この全体のスペクトルをHDSの最終光学系であるカメラで集光して、4,000×4,000ピクセルのCCD上に得ることができるわけです。

HDSの光学配置図


左:クロスディスパーザによって、全体のスペクトルが2次元的に展開された例 右:HDSで取得された生データの一部(LINEAR C/1999 S4彗星)。画像の右上側ほど波長は長く、左下側に行くほど短い波長のスペクトルを示す。ところどころ縦に線が見えているのが、彗星に現れているNH2分子の輝線。

左:クロスディスパーザによって、全体のスペクトルが2次元的に展開された例
右:HDSで取得された生データの一部(LINEAR C/1999 S4彗星)。画像の右上側ほど波長は長く、左下側に行くほど短い波長のスペクトルを示す。ところどころ縦に線が見えているのが、彗星に現れているNH2分子の輝線。

最後に、HDSの開発に携われた経緯についてお聞かせください。
 私は、大学院生時代に赤外線天文学を研究していました。赤外線天文学は、当時始まったばかりの学問であり、観測装置は自分たちで制作する必要がありました。規模は小さいですが、赤外線分光器を自分たちの手でつくっていましたからHDS開発に有用な人材かもしれないと、誘われたわけです。当時、日本で分光器の開発をやっている人は、あまり多くはいませんでしたから。
 ニコンの名前は、もちろん知っていました。ニコンの技術について、われわれ天文学者の間でも話題にあがることがしばしばありましたね。「すばる」建設以前にも、ニコンはすでに日本の天文学の発展に貢献されていましたから。でも、実際に共同開発を進めてみるまで、ニコンの本当の実力はわかりませんでした。HDSの開発にあたっては、予算のことでずいぶん無理な注文を出しました。ニコンの担当者の方は、さぞや困ったのではないでしょうか(笑)。結果的に考えると、ニコンが優秀な人材をHDS開発に配置してくださったことが、良い結果につながったと思います。この場を借りてお礼を申し上げたいと思います。そして付け加えるなら、私がここでHDSに関するインタビューを受けているのも、ニコンの担当者の方々が大変な努力をしてくださったことにより、良い結果が得られたからに他なりません。
 私たちの研究にはまだまだ、未知数の部分もありますが、今後とも私たちのパートナーとしてその持てる力を存分に発揮していただきいと思っています。
  • 使用画像の一部は、国立天文台より提供いただきました。
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すばる望遠鏡のホームページへ
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2005年11月掲載




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