HDSによって星の元素組成の測定から、宇宙における元素の生成過程の研究ができるんですね。その他に、どのようなことが調べられるのでしょう。
高分散分光によって得られつつある2つ目の代表的な成果を紹介しましょう。HDSは、遠くの天体から届く光をスペクトルに分ける分光器です。測定している波長の1/10万というレベルの波長の差を測定できる分解能を持っています。この能力を用いて、われわれが住む地球と同じような環境を持つ惑星を探し出すことができる可能性があるのです。
惑星の探査は、どのようにして行っているのですか?
宇宙のかなたの観測点から見ると、太陽が近づく時には、太陽の放つ光の波長は青色側にシフトし、遠ざかる時は赤色側にシフトする。
遠く離れた宇宙から、太陽系を観測していると仮定します。われわれが住む地球は、近くにある太陽の輝きが強すぎてみることができません。ところが、太陽の動きを観測することで、太陽の近くに惑星があることがわかるのです。今、太陽系には太陽と地球しか存在していない場合を考えて見ます。通常、地球が太陽の周りを回っているといわれますが、これは正確な表現ではありません。太陽と地球の重心の位置を中心にして、太陽も地球も回っています。太陽と地球では重さが比べものにならないくらい違いますから、重心の位置は太陽の中心からちょっとだけずれた所にあります。太陽も重心点の周りを回っているわけですから、周期的に速度が変わっているのです。宇宙のかなたの観測点から見ると、太陽が近づく時には、太陽の放つ光の波長は青色側にシフトするし、遠ざかる時は赤色側にシフトします。これは、いわゆるドップラーシフトと呼ばれているものですね。太陽の高分散スペクトルを得ることによって、周期的な速度変化を観測できれば、地球という惑星が存在していることがわかるのです。このような微妙な波長の変化でもHDSなら補助的な手段を併用することにより、とらえることができるのです。
地球上にいるわれわれはHDSを用いて、惑星を伴っている可能性がある星を数多く観測し、恒星運動に基づくスペクトルの周期的な変化をとらえようとしています。周期変動のデータからは、その恒星からどれくらい離れた位置に、どのくらいの重さの惑星が存在するのかを連星系の力学計算から求めることができます。このようにして、惑星探査を行っています。
太陽系外惑星の探査は、現在世界的にも注目を集めています。すでに世界中で、100個以上の太陽系外の惑星が発見されています。これまでにみつけられた惑星は、木星のように大きな惑星がほとんどでした。観測精度の向上により、地球のような環境をもつ惑星が次々とみつけられる日が来るのも夢ではないと思います。
さて、HDSの原理についてご説明願います。
HDSは、高分散分光器という名称の通り、光を高い波長分解能で分光する装置です。HDSでは、反射型のエシェルグレーティングを用いて分光します。グレーティング表面には一定の間隔で溝が刻まれていて、回折現象によって光は分光されます。
図をご覧ください。隣り合った溝AとBに入射した光について回折後の光路をみてみると、Δ

の光路差が生じているのがわかります。光路差Δ

が波長の整数倍の条件を満たしている場合、すなわちΔ

=mλ(m:整数、λ:波長)の条件になる方向にだけ、光は強め合います。特定の回折角度の出射光をみると、mの値の0,1,2・・・に対応して、0次、1次、2次・・・の回折光が強く出ていきます。一方、回折角が変わると強め合う光の波長が変わるので、入射光を波長ごとに分光できるわけです。光が粒子の性質と波の性質の2つを併せもっていることをご存じですね。回折は光がもつ波の性質から生じています。
高次の回折光を用いるメリットをお聞かせください。
HDSは観測している波長のおよそ1/10万の波長ごとに、光の強度を測定できる高い波長分解能をもっています。高い次数(mが大きい)の回折光ほど高い分解能を得ることができるため、HDSでは高次の回折を利用しています。
ただし高次(m)の回折スペクトルでは、前後のたくさんの次数(・・・、(m-2)次、(m-1)次、m次、(m+1)次、(m+2)次、・・・)の回折スペクトルも重なってしまっているため、その重なりを次数ごとに分けてやる必要があります。この役割をするのがクロスディスパーザと呼ばれる素子で、HDSではやはり、グレーティングを用いています。クロスディスパーザは、エシェルグレーティングによってスペクトルが分散する方向とは直交する方向に、各次数の回折スペクトルを分解する働きをします。このようにして分光された光は、エシェルグレーティングとクロスディスパーザの分散方向が直交しているため、全体のスペクトルは2次元的に展開されることになります。この全体のスペクトルをHDSの最終光学系であるカメラで集光して、4,000×4,000ピクセルのCCD上に得ることができるわけです。
HDSの光学配置図
左:クロスディスパーザによって、全体のスペクトルが2次元的に展開された例
右:HDSで取得された生データの一部(LINEAR C/1999 S4彗星)。画像の右上側ほど波長は長く、左下側に行くほど短い波長のスペクトルを示す。ところどころ縦に線が見えているのが、彗星に現れているNH2分子の輝線。
最後に、HDSの開発に携われた経緯についてお聞かせください。
私は、大学院生時代に赤外線天文学を研究していました。赤外線天文学は、当時始まったばかりの学問であり、観測装置は自分たちで制作する必要がありました。規模は小さいですが、赤外線分光器を自分たちの手でつくっていましたからHDS開発に有用な人材かもしれないと、誘われたわけです。当時、日本で分光器の開発をやっている人は、あまり多くはいませんでしたから。
ニコンの名前は、もちろん知っていました。ニコンの技術について、われわれ天文学者の間でも話題にあがることがしばしばありましたね。「すばる」建設以前にも、ニコンはすでに日本の天文学の発展に貢献されていましたから。でも、実際に共同開発を進めてみるまで、ニコンの本当の実力はわかりませんでした。HDSの開発にあたっては、予算のことでずいぶん無理な注文を出しました。ニコンの担当者の方は、さぞや困ったのではないでしょうか(笑)。結果的に考えると、ニコンが優秀な人材をHDS開発に配置してくださったことが、良い結果につながったと思います。この場を借りてお礼を申し上げたいと思います。そして付け加えるなら、私がここでHDSに関するインタビューを受けているのも、ニコンの担当者の方々が大変な努力をしてくださったことにより、良い結果が得られたからに他なりません。
私たちの研究にはまだまだ、未知数の部分もありますが、今後とも私たちのパートナーとしてその持てる力を存分に発揮していただきいと思っています。
- 使用画像の一部は、国立天文台より提供いただきました。
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