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宇宙と光 “見えない”物質 〜ダークマター〜

 宇宙にはたくさんの星や銀河がある。ところが私たちが見ることのできるこれらの物質は、全体のごく一部でしかない。宇宙にある物質のほとんどが、“見えない”物質「ダークマター」だという。光を発することもなく反射もしない、ダークマターの正体はなにか。30年来のナゾが、あと一歩でわかるところまできている。

万里の長城

万里の長城
現在の姿は明の時代に完成されたという。
© PPS

 「万里の長城」が宇宙から肉眼で見えるか否かは、中国の人々にとって大きな関心事だった。

  世界遺産にも登録されている数千キロメートルにわたる壮大な建造物は、「月からも見える建造物」と言い伝えられていた。ところが2003年「神舟5号」で飛行した中国初の宇宙飛行士、楊利偉(ヤン・リーウェイ)は、宇宙空間から万里の長城は見えなかったと報告し、中国で話題になった。美しい言い伝えをそのまま信じる人は多くはない。しかし2004年、中国系アメリカ人のリロイ・チャオ宇宙飛行士がデジタルカメラで撮影した写真に万里の長城が写っていたことが報告されると、中国の人々は大いに安堵したという。

 万里の長城は、英語でグレートウォールと呼ばれる。実は、同じ名前の大きな構造物が宇宙にある。万里の長城にちなんで名づけられた宇宙のグレートウォールは、銀河が集まって想像を絶する巨大な壁を作っている。真っ暗な宇宙に延々と続く宇宙のグレートウォールはどのように創られたのだろうか。


見えない物質の存在

 実は宇宙にある物質の85%が、私たちが未だ観測できていない物質「ダークマター」だという。宇宙には見えない物質がたくさんあるはず。その事実を最初に証明したのは1970年代初頭、アンドロメダ銀河を観測していたアメリカの天文学者ヴェラ・ルービンだった。

 アンドロメダ銀河は、渦巻銀河の一つで、星が集まり平たい円盤のような形をしている。星は銀河の中心を軸に回転し、星の数は円盤の内側ほど多い。そのため、見えている星が銀河にある全ての物質だとすれば、星が多く集まる銀河の内側ほど星を内側に引っ張る引力が強くなる。強い引力と釣り合うためには強い遠心力が必要で、内側の星ほど回転運動における移動速度(以下、回転速度)は速くなるはずだ。

 ところがルービンは、星の回転速度が銀河の内側と外側でほぼ同じであることを発見した。これを説明するには、星が少ない銀河の外側にもたくさんの物質がなければならない。つまり銀河には「ダークマター」が必要なのだ。

銀河をつくる星の回転速度。
銀河の内側は星が多く、内側に向かう引力が大きい。反対に、銀河の外側は星が少なく、内側に向かう引力は小さい。引力は回転による遠心力と釣り合うと考えると、大きな遠心力が働く銀河の内側の星は回転速度が速く、外側は遅いと考えられていた。ところが、実際は銀河の内側と外側で星の回転速度に大きな変化はなかった。つまり銀河の外側にも見えない物質が大量にあることを示していた。


ダークマターが創った宇宙の大規模構造

 そして1986年、宇宙の巨大構造が見つかった。ハーバード大学スミソニアン天文物理学センターのグループは、1100個の銀河を観測することで、銀河がまるでたくさんのシャボン玉がくっついたような不思議で美しい分布をしていることを見つけた。泡の膜を銀河がつくり、泡の中には銀河がない。これを銀河の「泡構造」と呼んでいる。また同時に、泡構造の一部で銀河が密に分布する巨大な壁構造が見つかった。これがグレートウォールである。

地球を中心にした宇宙の銀河分布。
銀河の泡構造が確認できる。左側から中央に向って銀河分布が密になって壁のようになっている。これをグレートウォールと呼ぶ。銀河の色は地球からの距離によって塗り分けられている。
©Mario Juric and J. Richard Gott, Department of Astrophysical Sciences, Princeton University



銀河の泡構造ができるまでのシミュレーション(ダークマターを含めた物質を30%、ダークエネルギーを70%にした場合)。
青く光っているのは目に見える通常物質の分布。誕生したばかりの宇宙では、物質の分布は一様だったが、その後、ダークマターに引き寄せられた物質が銀河の大規模構造を作った。
シミュレーションはアメリカのNational Center for Supercomputer Applicationsで Andrey Kravtsov (The University of Chicago) とAnatoly Klypin (New Mexico State University).によって行われた。Visualizations は Andrey Kravtsovによって行われた。

 ではグレートウォールや泡構造はどのように生まれたのだろうか。宇宙が生まれてから現在までの約137億年の間に泡構造ができるには、ダークマターの存在が欠かせない。宇宙初期にわずかにあったエネルギーの不均一(ゆらぎ)によって、重力が強くなったところにダークマターが集まった。さらにダークマターが重力源になることで、通常の物質が集まって銀河ができた。このようにダークマターと銀河の分布は、ほぼ一致すると考えられている。

 シミュレーションでは、十分なダークマターがあるとき、実際に観測されているのとほぼ同じ泡構造ができることが示されている。銀河の泡構造は、ダークマターの存在を示しているのだ。

 2003年には宇宙背景放射を観測するWMAPの観測結果によって、宇宙の中身について実に多くのことがわかった。それによれば宇宙の物質のうち、私たちが知っている通常の物質はたったの15%で、残りの85%が正体のわからないダークマターだという。この結果は、宇宙の大構造シミュレーションから予測されるダークマターの値とほぼ一致している。


ダークマターを捕まえる!

ジュネーブにあるCERN研究所のLHC加速器。
周長27kmのトンネルが地下50mから150mのところに掘られており、その中に陽子を加速するLHC加速器が設置されている。
©CERN

 ではダークマターはいったい何なのだろうか?今、一番の有力候補として注目されているのが「ニュートラリーノ」だ。ニュートラリーノは、物理学の理論から予測された未発見の粒子「超対称性(Super-Symmetry)粒子= SUSY(スージー)粒子」の仲間で、普通の物質とはほとんど反応しないため捕まえるのは難しい。しかしダークマターが何かということは、物理学者の大きな関心事で、素粒子実験、宇宙線物理の最前線ではニュートラリーノをはじめとするダークマター探しが盛んに行われている。

 ダークマター探しにはふたつの手法がある。

 ひとつ目は、自然界のダークマターを捕まえる方法で、ダークマターが反応したときに出す電荷をもった粒子による光を捕まえる。きわめて稀にしか反応しないダークマターの信号を得るため、実験は地下奥深くで行われる。というのは、地上には宇宙からたくさんの粒子(宇宙線)が降り注いでいて、実験装置の中でダークマターと同じように光を出す偽信号になるためだ。宇宙線を避けるため、日本では岐阜県神岡鉱山の山頂から1000メートル下の地底でいくつかの先端的な実験が行われている

 ふたつ目は、人工的にダークマターを作り出す方法。粒子を加速する巨大な装置を使って、未知の素粒子を発見しようというのだ。世界の物理学者はフランスとスイスの国境にある欧州原子核研究所CERNで2007年から始まる巨大な加速器LHCを使った実験の準備をしている。LHCは周長27キロメートルもある2本の真空のトンネルで構成され、それぞれのトンネルで反対方向に陽子が加速され、トンネル内の決められた箇所で正面衝突するように設計されている。膨大なエネルギーをもった陽子同士がぶつかることで、未知の粒子が観測できると期待されている。日本グループの活躍も見逃せない


ダークマターの存在は、もはや疑いようがない。次は直接、ダークマターを捉えることが研究者の目標だ。発見の準備は整いつつある。ダークマター発見のニュースが聞ける日も遠くはないだろう。

取材協力/掲載

小林富雄 東京大学素粒子物理国際研究センター教授
高梨直紘 東京大学大学院理学系研究科天文学専攻博士課程/2006年6月


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