水の鏡。

 風のない穏やかな日、静かな水面は巨大な鏡となる。
 まるで、もうひとつの世界がそこに広がるように。
 遥か古(いにしえ)の人々が自らの姿を映したものは、この水の鏡であっただろう。
 それは、空気と水という異なる物質の境界で起こる、光の反射によるもの。
 美しく幻想的な、光学現象の“不思議”である。

ニコンはいつも、
「光」を見つめ続けています。

水の鏡

 静かな湖面に映る雄大な富士の山、いわゆる"逆さ富士"は、江戸時代に活躍した浮世絵師、葛飾北斎の代表作である富嶽三十六景の「甲州三坂水面(こうしゅうみさかすいめん)」にも描かれています。河口湖や本栖湖に映るその姿は、日本の絶景の象徴です。しかし水面に映り込む名山は、富士山だけではありません。北は北海道の知床半島、三の沼の"逆さ羅臼"、ダム湖である御所湖の"逆さ岩手山"、その名も鏡池にそびえる"逆さ槍(槍ヶ岳)"、鳥取の大山は、植田正治写真美術館の水庭にその優美な姿を映しています。そして、南は九州・熊本の初夏、水の張られた水田に現れる大きな"逆さ阿蘇"は、この地の風物詩ともなっています。世界に眼を向ければ、スイスのマッターホルンとリッフェル湖、イタリアのシェクルイ湖とモンブラン、ネパールのペワ湖には、地球の頂であるヒマラヤの威容が映し出されています。もし北斎がこれらの景観を目にしていたら、どんな美しい浮世絵を描いたでしょうか。

人類が初めて見た鏡

 人の手による鏡の起源は、金属器時代初めのオリエント地域*1と言われています。これらは黒曜石や水晶、金、青銅を研磨したもので、一般的な実用品ではなく権力や富の象徴、神聖な祭事の道具でした。やがてルネサンス期の16世紀初めにベネチアでガラスの鏡が生まれ、これが主流となりますが、やはり限られた王侯貴族のもので、美術品、装飾品として用いられていました。鏡が一般的なものとなったのは19世紀に入ってからです。ガラスの大量生産と銀メッキ手法の確立によって、より安く高品質となった鏡は、人々の生活に浸透します。その一例が、明瞭に事物(社会)を映し出す象徴として、新聞や週刊誌の名前に"鏡"を意味する名前がつけられたことです。それがイギリスの新聞"デイリー・ミラー(1903年創刊)"や、ドイツの週刊誌"デア・シュピーゲル(1947年創刊)"です。鏡には紀元前から数千年の歴史があります。しかし人と鏡との本当の出会いは有史以前、そこには人類の誕生から共にあった"水の鏡"があります。

  • *1古代エジプト、古代メソポタミア(現在のイラクやシリア)、古代ペルシア(現在のイラン)などが含まれ、時期としてはシュメールが勃興した紀元前4千年ごろから。

光の鏡面反射とは

 紀元前1世紀ごろのアレクサンドリアで活躍した、物理学者・数学者のヘロンは、光が鏡に当たって反射するときの法則を見出しました。それは、「光は最小の労力をはらう」という言葉で表現されており、鏡に反射する光の距離が常に最短になることを示しています。これが、光の入射角と反射角が等しいという鏡面反射(正反射)の法則です。鏡面反射の条件は、反射面が非常に平坦であることです。鏡は表面が滑らかな板ガラスの裏面に銀やアルミニウムなどの金属がメッキされており、主にこの金属の薄く平坦な膜が光を反射します。左右逆にはなりますが、鏡が物の色や形をほぼ同じように映すということは、ほとんどの光(可視光)を反射*2しているということになります。そしてこの鏡面反射は静かな水面でも起こります。水面が平坦であれば、鏡と同じように入射角と等しい角度で光を反射します。これがいわゆる"水の鏡"なのです。ただし、鏡と比べてより多くの光が、空気と水との境界面で屈折して水中に入ります。"水の鏡"を観察すると、水面に映る像は実体より暗くなっていることがわかります。

  • *2裏面に銀を用いた鏡が、入射光を反射する割合(反射率)は約90%。アルミニウムの場合では約80%となる。また、特殊な技術により99%を超える高反射率の鏡はあるが、100%の反射率を持つ鏡は存在しない。

光の情景ショートムービー

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