“見る力”の発展 南極から風をよむ

 夜に光る雲やオーロラ。極地ならではの現象を、大型レーダーを使って大気の動きを観測し解明するプロジェクトが始まった。約1000本のアンテナで構成されるレーダーがまたひとつ、自然界の謎に迫る。

パンジーと思想

 スミレ科の花、パンジーは、1800年代に北欧で大きく鮮やかな色のスミレをつくるためにいくつかの種を交配してつくられ、現在では色とりどりの花が楽しまれている。パンジーの花は、夏になると前に傾く。その様子はまるで人が頭をたれて思索をしているようである。パンジーという名前はフランス語の「思想」を意味するパンセから名づけられたという。

 パンセといえば、ブレーズ・パスカルの断片集を思い浮かべる人もいるだろう。「人間は考える葦である」という言葉は、人間は葦のように弱いが、考えるという点で他の動物とは違うという。

 人間は科学をすることでさまざまな現象に対して思索を積み上げてきた。2011年3月の東日本大震災後、科学の一部に対する信頼は大きく揺らいだように見える。しかし日本がもつ科学技術力が世界で最先端を進んでいるのもまた事実だ。いま、「PANSY計画(Program of the Antarctic Syowa MST/IS Radar)」(以下PANSY)という新しいプロジェクトがスタートした。正式名称は南極昭和基地大型大気レーダー計画。日本が率いる南極の風を観測するための大型科学プロジェクトである。人間は思索し続けそして新しい事実をつかむ。日本はその歩みを止めない。

夜に輝く南極の雲から気候変動を知る


夜光雲。地上は日没を迎えて暗いが、上空85キロメートル付近にある雲が西日によって明るく輝いている。夜光雲の生成について詳しいことは、まだわかっていない。
©alamy/PPS

 宇宙から見る地球は、ベールのような薄い大気をまとっている。そして雲が複雑な模様をおりなしている。これは地球の大気が、地球の自転運動と共に複雑な振る舞いをしているからだ。大気の研究者たちは大気の流れを、色々な場所から観測し、地球の気象や気候について理解を深めてきた。中低緯度では各種レーダーによる観測が進んでいたが、南極は、アクセスしづらいという理由もあり観測が進んでいなかった。南極大陸は人の活動によるノイズが入らないことはもちろん、多くの解明されていない大気現象がある。そうしたことから、大型大気レーダーを設置して観測するとよいのではないかと考えたと、PANSYプロジェクト代表の東京大学大学院理学系研究科、佐藤薫教授は述べる。

 人の活動に関連する現象として、「夜光雲」という現象がある。これは名前の通り、周りは暗い夜なのに、雲だけが明るく輝く現象だ。上空85キロメートル付近にできる雲(極中間圏雲)が、日没後にも西日が当たることで輝いて見えるのだという。この雲は流れ星の燃えカスや人の活動によって出たエアロゾルが核となってできる雲であり、雲の存在は気候変動にも大きく影響している。

 PANSYレーダーはこうした現象を解明するため、南極の昭和基地の近くに建設されることになった。アンテナの数は1045本。1本のアンテナはわずか13キログラム。「南極という厳しい環境での作業を少しでも軽減するために努力を重ねてきた」と佐藤教授はいう。2010年12月、第52次南極観測隊によって南極にレーダーの資材が運び込まれて建設を開始、2011年4月には初観測の成功が発表された。

風を見るPANSYレーダー

 PANSYは南極の大気の動き、つまり風を観測するプロジェクトだ。大気の密度はいつも揺らいでおり、電波が散乱される。その密度の揺らぎは大気の流れ、つまり風に乗って動くので、散乱されて戻ってきた電波はいわゆるドップラー効果によって元の周波数からズレる。そのズレを観測するのだ。PANSYレーダーは1045本のアンテナから強力な電波を発することで、どの高さでどれくらいの風が吹いているのかを観測することができる。フル稼働すれば地上1キロメートルから500キロメートルの高さの風速や電子密度などを測ることができるという。

 大気を研究する研究者たちは長く、レーダーを使って研究を行ってきた。1984年には京都大学のグループが475本のレーダーを滋賀県に建設した。さらに2005年にはインドネシアのスマトラ島に赤道付近の大気を観測するレーダーが設置され、欧州のスカンジナビア半島北部、スバールバル諸島でも電離圏をターゲットとした観測が行われている。南極にPANSYレーダーが設置されると、南極、赤道、北半球、中緯度から北極にいたるまでの全世界的な大気圏観測のネットワークができる。PANSYレーダーをはじめ、日本が世界を牽引する力は強い。


2011年3月30日にPANSYレーダーの試験観測により得られた大気の散乱信号。上向きビームにより鉛直風の、北向きビームにより南北風の高度プロファイルが捉えられている。


昭和基地近くの迷子沢に設置されたPANSYレーダー。設置された場所は平らではなく高低差があるが、個々のアンテナから発信する電波の位相を調整し、全体で強力なレーダービームを作り出す。
©国立極地研究所

たくさんの事象を一度に見る


南極昭和基地で観測されたオーロラ。PANSYの観測によって新たな発見が期待される。
©国立極地研究所

 一度は見てみたい光の饗宴、オーロラ。神秘的な現象もPANSYレーダーが捉える重要なテーマだ。

 オーロラは宇宙空間から飛んでくる電荷をもった粒子が地球磁場に捉えられて大気の原子や分子を発光させる現象であり、太陽活動が活発な時期に多く現れる。太陽活動も衛星をはじめ多くの手段で観測されているがまだ解明されていないことも多い。オーロラの観測から太陽、ひいては地球の気候変動についても明らかになることがあるかもしれない。

 また、冷えた南極大陸を滑り降りる強風や、低気圧、ジェット気流によって生み出される大気重力波の観測も期待される。大気重力波は小さく弱い波なので観測が難しかったが、100キロメートル以上にわたって伝わることもあり、気候変動の予測にも入れる必要があることがわかってきた。

 PANSYレーダーは夜光雲やオーロラ、大気重力波などの現象を同時に観測することができる。10年の準備を経て観測がスタートしたPANSY計画の今後が楽しみである。

取材協力/掲載

佐藤薫 東京大学大学院理学系研究科教授/2011年8月