光は1秒で地球7周半分、つまり約30万キロメートルを走り抜ける。その光がわずか0.3ナノメートル※1しか進まない時間、その一瞬が「1アト秒」だ。光科学の研究は、一瞬だけ輝く閃光を作ることで、想像を超えた新たな科学を可能にする時代に突入した。
- ※1ナノメートル:10億分の1メートル
実業家スタンフォードと連続写真

リーランド・スタンフォード
©The Granger Collection, New York / PPS
アメリカ合衆国の東西を結ぶ大陸横断鉄道のひとつ、セントラルパシフィック鉄道を設立した実業家リーランド・スタンフォードは、ヨーロッパに留学中だった10代の一人息子を、腸チフスで突然失った。子供を失った大きな悲しみの中、自分にできることは何かと自問し、1891年スタンフォードは競馬場を作る予定だった土地に息子の名前を付けたリーランド・スタンフォード・ジュニア大学を設立した。いまや世界屈指の大学として知られるスタンフォード大学である。
数々の偉大な業績を残したスタンフォードは、自分の土地を競馬場にしようとしていたことからもわかるように大の馬好きで、1872年には友人と「馬は走るときに足を4本とも地面から離すか」という点について賭けをしていた。このスタンフォードの馬好きが、将来の科学技術を大きく進展させるきっかけになる。
この謎を解明するために、スタンフォードはイギリス出身の写真家、エドワード・マイブリッジに馬が疾走する様子を写真に撮るように依頼した。
マイブリッジが撮影した12枚の連続写真『The Horse in Motion』。馬が走るとき4本の足を同時に地面から離しているということを証明し、論争に終止符を打った。
©Akg / PPS
マイブリッジは、12台のカメラを使って馬が疾走する様子を当時の常識にはない連続写真として撮影した。そして「馬は走る際に足が4本とも地面から離れる瞬間がある」という答えを出したのだった。マイブリッジの連続写真はトーマス・エジソンのキネトスコープの発明や、後の映画の発展の元になる映写機の発明に多大な影響を与えたのである。スタンフォードの賭けがきっかけで新しい技術が生まれ、現在につながっていることは興味深い。
瞬時を切り取る連続写真は、現在の私たちにとっても魅力的だ。テレビも約0.03秒ごとの静止画がつながって流れるような映像ができている。私たちはどこまで「一瞬」を切り出すことができるのだろう。そして、非常に小さな世界で一瞬を切り出したとき、何が見えるのだろう。
20世紀に「見えないものを見る」研究が進み、小さな世界も顕微鏡の発展によって原子レベルまで「見る」ことができるようになった。そして今、連続写真のように原子や電子の「一瞬」の動きを理解しようという試みが行われている。
人工の光・レーザー

自然光とレーザーの違い。レーザーは光の波の“山”と“谷”がそろっており、進む方向もそろっている。
電子や原子の動きを連続写真のように切り取って見る。ほぼ光の速度で動くこのような粒子の動きを見るためには、これまでの常識では追いつかないほど短い閃光が必要だ。そして、もっとも短い時間間隔で輝く閃光は、“レーザー”によって作ることができる。
レーザーは自然界にはない。人工的にのみ作られる光だ。その特長は、波長(光の波の長さ)と位相(山と谷)がそろっていて同じ方向に進むことである。自然光は波長や位相が異なる光が混ざっているためこのような性質はない。レーザーは世界を変えた20世紀の発明であり、いまでは医療で用いられるレーザーメスはもちろん、CD、DVDの読み込みやレーザープリンターなどいたるところで使われている。
こうした特長的な光を人工的に作ることができることを最初に示したのは、相対性理論で有名な物理学者アインシュタインだった。1917年、物質に光をあてると電子が一時的にエネルギーを得て、その電子が元のエネルギーに戻るときに光の波の“山”と“谷”(位相)がそろった光が発生する、「誘導放出」という考え方を示したのだ。レーザーとは、「誘導放出による光の増幅(Light Amplification by Stimulated Emission of Radiation)」の頭文字をとった名前である。
このように理論は示されても、実際にレーザーが実現されるまでにはしばらく時間がかかった。1954年、アメリカの物理学者タウンズは、誘導放出を使ってマイクロ波を発振する“メーザー”(Microwave Amplification by Stimulated Emission of Radiation)の実現に成功した。メーザーとレーザーは、光のもつ特長は同じであるが、波長がそれぞれ異なる。同じ年、東京大学の物理学者、霜田光一はレーザーの基礎になる波がそろった光の増幅について理論を確立し、これがもとになって1960年にレーザーが実現した。
現在ではあらゆる波長のレーザーを作ることができる。遠赤外から近赤外、可視光はもちろん、紫外やX線でもレーザー発振が可能になり利用が広がっている。レーザー発振が可能になると、その先で花開く技術が山のようにある。レーザーにはそうした基幹技術としての重要さがある。
レーザーの専門家、理化学研究所の緑川克美主任研究員は「レーザー技術が次に目指しているものが、“最速のストロボ写真”」だという。現在の最速のストロボ写真では電子や原子の動きをどこまで切り取って見ることができるのだろうか。
電子の動きを見る
マイブリッジが撮影した馬の連続写真のように、時々刻々と変化するものを観察し、その中で起きている事実を確認することは科学の基本だ。1990年代、人類はピコ秒(1兆分の1秒)の閃光を作ることができるようになった。2000年代に入るとさらにその千分の1秒まで閃光時間を縮め、現在は可視光でフェムト秒(1000兆分の1秒)の閃光を扱うことが可能になりつつある。フェムト秒の閃光を扱えると、物質の化学反応をミルククラウンの写真のように、コマ送りで見ることができるようになるかもしれない。緑川たちの挑戦はさらに続き、アト秒パルス(100京分の1秒の光)を目指して開発が進められた。
「アト秒パルスでは電子の動きを見ることができるのです」

緑川のグループが得意とするのは、強度の強いアト秒パルスを作ることだ。強度が強ければ電子が多数の光子を吸収し、それによってより直接的に運動を見ることができる。
物質の性質は、電子の運動で決まっていると言っても過言ではない。電子の運動が見えるようになれば、半導体や超電導、強磁性など、産業の基盤になる技術に革新的な進歩が起きることは間違いない。
しかし電子の動きはほぼ光と同じ速さ、高速である。そのストロボ写真を撮影するにはフェムト秒パルスではなく、アト秒パルスが必要だ。そしてアト秒のように極端に短時間のパルスを作るには、レーザーを作る元の光の波長も短くなければならない。可視光からではフェムト秒領域のパルスしか作れなかった。アト秒パルスを目指すには、さらに波長が短い「軟X線」領域の光を重ね合わせることで、アト秒パルスを生み出すことが必須だ。
緑川たちは非常に強い可視光のレーザーを物質にあて、そこから波長の異なる複数の軟X線領域の光(高次高調波)を作り出した。これらの短い波長の光が重なってアト秒のパルスになる。
多くのグループがアト秒パルスを研究する中で、緑川グループのアト秒パルスは「最高の強度」を誇る。大型の放射光の約1億倍の強度はレーザーでしか出せない。電子の動きを見るためには、電子に十分なエネルギーを与える必要があり、そのためにはパルス強度が高くなければならない。緑川は2006年に世界最大強度のアト秒パルスで、電子が十分にエネルギーを得て飛ぶ現象(非線形光学現象)を観測するのに成功した。15年かかってたどり着いた成果だった。「この現象を確認できるのは波長のそろっているレーザーだけ。軟X線レーザーがようやく一人前になったと感じました」。
アト秒パルスを発生しても次のステップ、「電子の動きを見る」にはさらなる工夫が必要だ。電子の動きを顕微鏡で「そのまま」見るのは難しい。そこで緑川たちは、アト秒で光る連続した光をネオンとヘリウムの混合ガスにあて、それぞれのガスの原子から電子がごく短い間離れまた元に戻るまでの様子を、分光器を使って観測した。
ほぼ同時に,ほぼ同じ場所にある異なるふたつの原子から飛び出した電子が、原子に戻ったところで光を発する。そしてこの時間はわずかにずれる。ここではその時間のずれによって、ネオンとヘリウムの電子が原子に戻ったときに出す波長のずれた光が重なり、干渉縞になる様子から電子の動きを観察したのだ。その間、わずか690アト秒。アト秒パルスを用いて、電子の動く様子をとらえることに成功したのは、もちろん世界で初めてだった。2007年のことである。
アト秒パルスで見える未来
アト秒パルスが実現して、実際に何ができるようになるのか、その可能性はあまりに広く、すべてがはっきりとわかっているわけではない。
そのような中でも今の時点で注目されているのが、生きた細胞を時々刻々と観測する技術だ。軟X線の波長領域は「水の窓」と呼ばれていて、水を含んだ物質をよく観測することができる。通常の軟X線は水を含んだ物質に吸収されてしまうが,特別な波長の軟X線は水を含んだ物質も突き抜けるのだ。かつ、解像度の高さも期待できる。これは従来、生物学者たちが解像度を得ようと思うとX線や紫外線を必要とするため細胞が死んでしまうこと、一方で細胞を生きたまま観測しようとX線や紫外線より弱い可視光を使うと、原子レベルの解像度を得ることができなかったこと、その両方の課題を解決する。
たとえば、マラリアに感染した細胞がどのように変化していくのかを調べるのに、以前は脱水して(つまり細胞は死んだ状態で)観察せざるをえなかったし、時間変化といっても冷凍状態の細胞からはその変化を追うことができなかった。しかし、アト秒パルスのレーザーを用いることで、生きた細胞の時々刻々の変化を詳細に観察することができるのだ。
今、光科学はアト秒科学に加えてテラヘルツ領域※2における研究でも革新的に進歩している。緑川はこれらの研究を融合してさらなる光科学を研究する「エクストリームフォトニクス」というプロジェクトにて、光の未踏領域の開拓に挑戦している。
- ※2波長が長く100マイクロメートル程度の光。天文学や先進のイメージング技術などに用いられる。
「光科学に限界はない、そこにあるのは地平だけである」
昨年開催された研究会でG.Mourou博士が述べた言葉が緑川の心に残った。電子の飛ぶ時間がわかっても、軌道や電子雲の様子はまだわからない。緑川は「次は映画のように電子が動く様子をとらえたい」と語る。光科学はこれからも世界の常識を覆し新しい世界を私たちに見せてくれるだろう。
取材協力/掲載
緑川克美 理化学研究所主任研究員/2009年9月


