博物館は企画者の意図を再生する装置だという。博物館の資料は、ただ並べてあるのではない。ひとつひとつが、意味をもってその場に展示されている。資料が自然に見えるように、部屋への採光には十分な注意が払われてきた。現在ではより印象的な空間が、光を駆使して表現されている。
「不思議の国のアリス」とドードー

「不思議の国のアリス」より。ドードーから自分の指抜きをプレゼントされるアリス。
© Mary Evans Picture Library/PPS
「ドードー」という鳥をご存じだろうか。「不思議の国のアリス」の中に登場するガチョウに似た鳥で、物語の中では泳いでびしょぬれになったアリスに体を乾かすかけっこをすることを提案し、そのご褒美にアリスの持ち物を仲間たちやアリスにプレゼントする。この話は印象深く、ドードーを世界的によく知られた存在にした。
インド洋のモーリシャス共和国の国章にも入っている鳥、ドードーは、実はすでに絶滅している。大航海時代、モーリシャス島で発見されたが、珍しい生物として乱獲され絶滅してしまった。唯一、残されたのはオックスフォード大学の博物館の剥製だった。
近代の博物館は1683年に公開された、このオックスフォード大学の博物館から始まった。コレクションの一つであるドードーの剥製は管理状態が悪く、1755年、頭と足を残して処分されたのだ。こうして私たちは、貴重な資料だったドードーの完全な姿を、もう二度と見ることができなくなってしまった。
「不思議の国のアリス」の作者であるルイス・キャロルは、19世紀のオックスフォード大学の数学者だった。彼は大学の博物館で、ドードーを見て思いをはせたのだろう。見事、物語の中にドードーは蘇ったのだ。
展示の意味は
博物館(ミュージアム:museum)の語源はギリシャ語の「ムセイオン:Μουσείον」だという。ギリシャ神話に登場する学芸・芸術の女神ムーサイたちを祭る場であったムセイオンは、学者や芸術家が住む学術の場であった。
近代の博物館は個人のコレクションや王侯貴族のコレクションを公開することから始まったが、現代の博物館はムセイオンと同じく、大学と並ぶ研究機関として存在している。展示の背景には、研究成果を得るまでに積み重ねられた調査・研究がある。
それではここで、あらためて博物館の役割を考えてみよう。博物館で行われている活動は、大きく4つに分けることができる。まずは古文書や動物の化石など、研究の資料を集める「収集・保存」、それらを活用した「調査・研究」、そして公開に伴う「展示」、これを用いた「教育・普及」である。

暑い砂漠で地面に目を凝らす人類学者の採掘現場を再現した。(「アフリカの骨、縄文の骨―遥かラミダスを望む」図録より)
© Forward Stroke Inc.
博物館における展示には、大きな意味がある。よい展示であれば、資料と観覧者の間に心に伝わるやりとりが生まれ、観覧者に全体として強いメッセージを伝えることができる。
「学術の展覧会か 物の展覧会か」
前田不二三氏は博物館の役割を人類学会誌への寄稿を通してこう問うた。東京帝国大学(現東京大学)人類学教室は坪井正五郎が中心となり、1904年(明治37年)に日本で初めて人類学の展示会「人類学標本展示会」を開催した。そのとき、前田氏は展示の意味を自問自答したのである。もので語るのか、ものを見せるのか。人類学の展示ならば、もので語るべきだ。
現代の学者も、研究の現場を展示することに情熱をもっている。2005年、東京大学総合博物館にて「アフリカの骨、縄文の骨―遥かラミダスを望む」が開催された。その展示の企画者である人類学者の諏訪元教授が言った言葉が「研究と研究者の営みを表現したい」(同展示会図録より引用)というものだった。このように、もので語る学術の展覧会を、現代の最先端にいる研究者たちも実践している。
企画者の「仕込み」と「再生」
展示を設計するには、まず企画の中心となる、ゆるぎないメッセージが必要だ。それをもとに、観覧者が最後に「そうか」と納得する結論に向けて文脈を作っていく。
「博物館はいわば仕込んだ物語の再生装置」。
東京大学総合博物館で展示デザインを担当する洪恒夫特任教授は、博物館の役割をこう述べる。
洪特任教授によると、展示を作り出すことは「インスタレーション」でもあるという。インスタレーションとは、ひとつの展示物として展示するのではなく、展示するまわりの空間を含めて芸術空間を作りあげること、またその空間を指す。空間全体を、企画のメッセージを伝えるための装置にしているのだ。

アフリカのフィールドをイメージした赤い光。(「アフリカの骨、縄文の骨―遥かラミダスを望む」図録より)
© Forward Stroke Inc.
「アフリカの骨、縄文の骨―遥かラミダスを望む」のフィールド調査の場となるアフリカは、当然のことながら暑い。この展示会を担当した洪特任教授は、大学の中で行われた研究とアフリカで行う人類学のフィールド調査の現場を表すために、赤い光を用いた。観覧者は、赤い光が意図された「仕込み」であることに気づいただろう。ここにも、学術の現場を見せたいという、強いメッセージが込められている。
かつての博物館は、資料を見やすくする自然採光の方法を研究してきた。たとえば窓からの光は眩しくてはならない。そのため北から南へ差し込む光が望ましく、太陽光の1から7パーセントもあれば十分である、といったことだ。工房やギャラリーを参考に17世紀に用いられるようになった天窓は、19世紀には博物館のいたるところで見られたが、「井戸の底」にいるような感覚を避けるため、その後はかつて主流だった側窓や人工照明を駆使した空間作りが進んでいる。
極めて印象的な空間を作る光
展示において光は「極めて印象的な空間を作り出す」という。光をいかに使うか。これがインスタレーションのポイントになる。

人類の進化の系譜をたどるインスタレーション。(「アフリカの骨、縄文の骨―遥かラミダスを望む」図録より)
© Forward Stroke Inc.
ここに人骨の展示がある。来場者と対峙する形でこちらを向いた頭蓋骨はレプリカで、手にとることもできる。その展示は、現在の私たちにつながるヒトの進化の系統樹を表した光の線に沿って置かれている。観覧者は光の線上に沿って歩くことによって、進化の時間の流れを自らの歩幅とともに感じることができるのだ。
中央に置いてあるこの人骨は「アウストラロピテクス・アファレンシス」という人類の祖先だ。人間はどこから来たのか。どのように進化したのか。人類学では長い間、人類が近縁のチンパンジーと分化したのは400万年前だと考えていた。というのも、それより前の化石が見つかっていなかったからだ。
ところが1992年、諏訪教授が参加していた調査隊は、440万年前の「ラミダス」※の化石を発見する。エチオピアで発掘されたのは、17点の歯牙、頭蓋、上肢骨だった。歯は進化の度合いや年齢など、多くの貴重な情報をもっている。発見された歯牙が人類学者にとって科学的に「宝石」のごとく貴重であったことは疑いの余地がない。こうしてラミダスの歯は、暗闇に輝く宝石のように展示された。
- ※2002年には、人類最古の化石として600~700万年前のサヘラントロプス・チャデンシスが報告されている。

(左)人類の祖先、ラミダスの顎や歯を「宝石」のように展示する。アクリル円柱の裏からライトを当てることで、エッジが光る展示方法。(「アフリカの骨、縄文の骨―遥かラミダスを望む」図録より)
© Forward Stroke Inc.
(右)原画 (東京大学博物館「アフリカの骨、縄文の骨―遥かラミダスを望む」図録より)
光を駆使した展示は心理的な効果も生み出す。遠くにあたたかな光があふれている空間を見ると、そちらに吸い寄せられるようになったことはないだろうか。これを誘蛾灯のような効果という。また、明暗が繰り返される空間には、不安と安心を交互に生み出す効果がある。

(左)「石の記憶 ヒロシマ・ナガサキ」で用いられた誘蛾灯効果の例。通路の奥からプロジェクターで壁に向かって映像を投影している。観覧者は遠くにある光に引き寄せられるように進む。
© Forward Stroke Inc.
(右)原画 (東京大学博物館「アフリカの骨、縄文の骨―遥かラミダスを望む」図録より)
こうした仕事は、すべて「ミュゼオグラフィー(ミュージアムの視覚化)の実践」と洪特任教授は説明する。博物館の役割とは何か、時代の変化に合わせて役割を変えつつある博物館の在り方について議論し実践し、そして学問として積み上げる。博物館はこのようにして膨大な知識を有機的につなげ、智として公開している。効果的な展示があってこそ、これらは人の心に響くのだ。
取材協力
洪恒夫 東京大学総合博物館特任教授/2009年6月


